介護を語る会を再開しよ っと | 山里リトリートねこ福 ✢✢ 時間が止まる龍宮城へようこそ ✢✢ 大阪高槻 神峰山の郷

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Timeless Comfort ~ 時間が止まる龍宮城 ~
築130年古民家をリノベーション、大地からの贈り物に包まれて内観するための空間をご提供しています。こだわって過ごす交流の場にも。大阪駅・京都駅から1時間、奇跡のアクセスで桃源郷へ♪

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早朝に散歩っというのを長らくサボってるので、

梅の見頃は逃してしまいました。

 

ジョルジュくんを1月下旬に見送ってからというもの

外を歩く自分の姿を想像してみると

きっと幽霊みたいだろうなって思えて、

外に出るのが億劫になりました。

 

 

今もそうです、

歩く姿どころか、存在自体を自分で幽霊のように感じてます。

 

でもね、桜の時間は儚く短い、逃しては…って、

意を決して出てみました。

 

このルートを歩いてみると良いよと、

ご近所のおばさまが教えてくださったように辿ってみました。

おばさまがそうやって声を掛けて力説してくださったのも

何か意味があるような気がして。

 

 

そうしたら、桃源郷に。

 

こんな近くに、こんな光景があるなんて、知りませんでした。

 

 

幽霊なので、陽の射す時間帯に訪れることができませんでしたが、

暮れる桃源郷も感慨がありました。

 

どんな状況、心境にあっても、

見出そうとすれば、そこに桃源郷を見出すことはできるのですね。

 

 

 

 

さて、

エミリオくんの最期に寄り添っているあいだ、

改めて自分のなかでも色々な考えが入り交じりました。

普段の会話にはのぼらないようなやり取りを

他の方々とすることもにもなります。

 

それで思ったんです。

 

「介護を語る会」は、やっぱ要るわ…。

 

 

人生を終焉へと歩む(進化していく)人に寄り添うってことは、

当事者か経験をした人でないと絶対に分からないことなんだと。

 

どの選択もどこか手詰まり、

そんなとき、何を一番大切にするのかといえば、

寄り添う人はきっと、

相手の望み、自分にできることの限界を天秤にかけながら

一つ一つの決断を下していると思うのです。

 

「正解」は、当事者と相手の組み合わせの数だけある。

他人がこうすべきだと限定できる落とし所は決してないないと思うのですよね。

だって、寄り添う人は誰よりも相手のことを知り、想って、

より良いようにと願って判断しているから。

 

そこ、経験した人でないと分からないんだなぁ

っと、知りました。

 

 

私は、通説によって人の純粋な思いが

揺れ動かされ、不本意な行動や不感症へと向いてしまわないように

って、思うのです。

 

ましてや、残された時間がわずかで、やり直すチャンスがない場面では尚更。

 

思い残すことないよう、良いと思うことをやり切れる、

それを周囲が理解できたら、

介護はもっと気持ちが楽で、素敵な貴重な時間となるような気がします。

 

 

だけど、それを理解できるのは経験した人だけ。

ならば、「通説」、「一般常識」に負けない思いを増幅させる

理解者の場が要るわ。

 

あ、「介護を語る会」って、そういう意義があったんだって、

今更ながらに、やっと気付きました。

 

 

 

みなさんのご協力で1年半くらい活動していた「介護を語る会」ですが、

自分としては、運営方法がいまいちしっくりきていなくて、

休止させてしまってました。

 

まだサラリーマンの気質が抜けてなかったのですよね、

何か結果を出さなければいけない

と考えていたようです。

 

存在自体に意義があったのだな、

ただ会話が途切れず溢れているだけで意味があったのだな、

参加者が自分の思いを確認するための場で十分なんだ、

そんなことが、わかってきました。

 

すいません、

理解が遅くて。

 

 

 

だから、介護を語る会は再開しようと思います。

 

でも、相変わらずなんのアイデアもありません。

 

賛同していただける方々と育てていけたらいいな、

場所は開放します、

取りまとめと物事の推進役は務めます。

 

経験は語れますが、限定的です。

 

 

そんな感じですけれど、

エミリオくんとの記憶が曖昧になる前に宣言しておこうと。

 

 

そのうちカタチになったらいいな、

そんなゆるい感じで構えています。

 

お声掛けをいただけたら、嬉しいです。

 

 

日の入りの姿だって、本当は美しい。