…悪かったね~?????🤣🤣🤣
「料理好き」=「外食嫌い」
…とまでは行かないだろうが、いわゆる
「出来あいの品」など使わないヒト!!
…という意識がガン!とある人は結構居る……というのは判っているつもりだ。
実際、何度も言っているように我が母など少し前にちょっと問題になった
「ポテトサラダ事件」
(注;スーパーで「ポテトサラダ」を買おうとした
女性に向かって傍に居た中年のオッサンが
「ポテトサラダ『くらい』家で作れ!」
…と罵倒した為に、彼女は買わずに消えた…
……という実際の「事件」から起った論争)
…じゃないが、
「出来あいの総菜」=手抜き!
…という態度を隠さなかった人である。
とにかく自分の作るモノは世界一、絶賛されてしかるべき。
手作りだろうと何だろうと自分の意に添わないモノは
「ふん、こんなモノッ!!」
…であり、そうした経験は
「ふん、あんなモノッ!!」
…でしかない。
しかし、私は物心ついた時から食に関して「興味」があった。
「興味」がある=食べてみたい!
…例えそれが「同じようなモノ」であっても
「ああ、『こういう味』なんだ」
…と納得したい、というのが私。
「市販のお総菜」だって「市販のパン」だって何だって、許されるならその場にある全種類食べてみたいのが私。
そんな私を母は
「食べる事にしか興味が無い馬鹿」
…と、「周り」が言っている!……と良く言っていたが、子供やゴシップ好きなヒトが必ず
「『みんな』がそう言っている!」
…と言い出すように……「母自身」がそう思っていたのだろう。
だってその言葉の後にはいつも
「…と言われるから、『私が』恥ずかしい!」
という言葉が続いていたのだから。
ただ、私も子供の頃はそう言われ続けたことで
「食べる事にしか興味のない馬鹿」
…である自分を恥じる部分がずっとあった。
そんな気持ちを変えてくれたのは料理研究家の『小林カツ代』さんのエッセイ。
「私が『料理研究家』だと知ると
「市販のお総菜」なんて買わないんだ!
……と思い込んでおられる方がいるが、
『料理研究家』だからこそ
あらゆる食べ物に興味があるのです」
…ホントそれっ!!!
もちろん「家庭の味」は大事にして欲しい。
でも、「家族」がそれで幸せなら……「栄養ある手料理」を緊張しながらろくな会話もなくボソボソと食べている家族よりも、それこそ「市販のおかず」の品評会でもしながらワイワイ言って食べている家族の方がずっと幸せだろう。
ハッキリ言って母のような態度の人は今ドキの『パヨク』=「過激派左派」……俗言う「環境おばさん」と同じレベルだと、今の私は思っている。
先の「ポテサラおやじ」の相手が「今の私」だったら
「私、アナタに何か迷惑掛けたっけ?」
「別にアンタの財布から
オカネ取った訳じゃないでしょ?」
…と言い返すだろうし、究極で言えば
「じゃあ、『アナタが』
そうすればエエだけじゃない?」
…としか「今の私」は思わないんだから。
(でも「そういうオッサン」って絶対「料理『なんて』オンナの仕事だっ!」とか思い込んでいるんだろうねえ?🤣🤣)