家族という形に対する試行錯誤 | コノ国の体裁(カタチ) ~幻像『大英帝国』の住人達~

コノ国の体裁(カタチ) ~幻像『大英帝国』の住人達~

 閃いて、まさに!という想いでつけたのですが……司馬遼太郎さま、ごめんなさい……!
 

 

 

  結婚と同時に家を離れてから母と直に接する機会はまさに「激減」したし、更に「モト」の逃亡(🤣)に伴う海外移住で殆ど

 

 

  「顔と名前だけは覚えている親戚」

  

 

  …のような関係になったことは、彼らに秘密裏に「別居」と「離婚」が出来たことを筆頭に私にとって本当に素晴らしいことだった。

 

 

 

  そう言えば、日本で時折聞かれる事があった。

 

 

  「ガイジン」との結婚を両親は反対しなかったのか?

 

 

  例え「デキ婚」ということで許したとしても、

 

  『海外移住』までは反対しなかったのか?

 

  …と。

 

 

 

  この答えは簡単。

 

  と言うか、我が両親という人間が

 

  『妙なところで江戸生まれ』

 

  …と言われるような「常識」のヒト達だったから良かった、というところか?

 

 

 

  彼らの最大の基準は何と言っても

 

  (自分が信じ込んでいる)

   『見栄と世間体』

 

  …を満たすこと。

 

 

 

 

  「女はクリスマスケーキ」

 

   …と、アタリマエのように言われた時代である。

 

    (因みに男は「年越し蕎麦」ね?🤣)

 

 

   「行けず後家」になりそうな「未だ片付かない」娘など、例え何処の誰かもほぼ知らない「ガイジン」であろうとも

 

 

  『貰ってくれるだけマシ』

 

 

  (但し「モト」が「非・白人」だったらまた違っていただろうな、とは思うけどね)

 

  更に

 

  『オンナ』は『オトコ』の言う事に

 

  黙って従うのがアタリマエ!

 

 

 『オトコ』の言った通りにするのが

 

 カワイイ『オンナ』!

 

 

  …というのが彼らの「常識」のド真ん中にドン!と据えられている人達である。

 

 

 

  まして結婚というのは

 

  娘を「くれてやる」モノ

 

  …であり

 

  『オンナ』は『オトコ』に付いて行くモノ

 

 

 

  …そう、見事な「モノ」扱い。

 

 

 

  しかし、結果的にはそれが「私には」幸いだったと言える。

 

  「結婚」はもちろん、「移住」の事を話した時も(注;「相談」ではない🤣)

 

  「ああ、そう」

 

  …というくらいの反応で、「反対」の『は』の字も出て来なかった。

 

 

 

  別に「相手がガイジン」だから、という訳でもない。

 

  ここでも何度か書いているが私達が移住するまで、姉達の方への接触の方がずっと少なかった。

 

  距離的には絶対的に近いのに、である。

 

 

  これはもう両親ともに元々「自分主義」……興味の範囲が

 

 

  自分の「半径30㎝以内」

 

 

  …で、「孫」にも(『支配』と『アクセサリー』以外では)興味が無いような人達だったから、というのも大きいかもしれないが……?