家族という形に対する試行錯誤 | コノ国の体裁(カタチ) ~幻像『大英帝国』の住人達~

コノ国の体裁(カタチ) ~幻像『大英帝国』の住人達~

 閃いて、まさに!という想いでつけたのですが……司馬遼太郎さま、ごめんなさい……!
 

 

 

 

  判りやすいヒトだな……と、今は思う。

 

 

  そう、母という人に対して。

 

 

 

 

  性格が「悪い」と言う以前に「壊れて」いるヒトなので今でも時折

 

  「そう来たか!」

 

  …と思う時はあるが、殆ど関わる事が無くなった今はそうなることももう殆ど無くなった。

 

  もう母の言動全て、私には「想定内」でしかない。

 

 

 

  自称・滅私奉公の星の下に生まれ、

 

  その通りに生きて来たので

 

  自分の人生に微塵も後悔していない!

 

 

  ……らしい、ということは何度も書いている。

 

 

 

  しかし実際=本音は……世界最高の専業主婦、世界最高のセンスと上品さ、世界一の美しさと肌の艶(だから自分以外の全ての人を馬鹿に出来る!🤣)……を『自負』し、でもそれらを周りが褒めないのが悪いっ!!という発想であることは、長い付き合い?で判っている。

 

  ああコノ人は本気なんだ、と。

 

 

  しかし「今の現実」は


 

  「一見」は確かに年齢よりも若いと言えるが、

 

  口を開くと愚痴と自慢と文句と罵倒ばかり、

 

  所作も食事マナーも中々エゲつない

 

  『日本昔話』のイラスト並みに背中が曲がった

 

  なかなか取り扱いが厄介な老女

 

 

 

 …でしかない。

 

 

 

  因みに「背中の曲がり」は本人は(相手が何も言わないのに)

 

 

 

  「これは『遺伝』のせいなんだよ!」

 

 

  …と自分から言っているのだが、私と姉に言わせると

 

 

  「ロクな運動も

 

  (医者から言われた)

  リハビリも

 

  サボり続けた結果」

 

 

 

 

  それでも母は今の施設(ケアハウス)に入居するまで『元気』=自立していると言えたのだから、それは感謝に値する、とは思う。

 

 

  何より「社会的に」一目置いていた=自慢の姉には頼まず、何かあれば私を呼び出していた母だったが、少なくとも私が移住するまでそれなりに自立していた事は本当にラッキーだった。

 

 

 

  そこからは何があろうと「オカネ以外のイザという時には上手く逃げ出していた」姉、と「扱いやすい次女」に依存していた母、そのお互いが嫌でも関わらねばならなくなったのだから。 

 

 

 

  特に父が逝き、母が姉の近くに引越してからは週に一回の

 

  「掃除当番」

 

  …が姉の義務になった。

 

 

  姉はそれを愚痴っていたが、それだって姉が義兄の車以外の方法で出向くことはほぼなく、当然義兄の都合が悪い時には行かなかったのだから本当に根っから「依存体質」なヒトだなあ……と思う。

 

 

  父の仕事の関係とは言え、「一人でサッサと行動する」という点では母の方がずっと「自立」していた……!

 

   (だからそこら辺はきっとワタシだ🤣)