『生活保護』というもの ③ 「権利」と「義務」と「偏見」と | コノ国の体裁(カタチ) ~幻像『大英帝国』の住人達~

コノ国の体裁(カタチ) ~幻像『大英帝国』の住人達~

 閃いて、まさに!という想いでつけたのですが……司馬遼太郎さま、ごめんなさい……!
 

 

 
 
  『今ドキの人達』は知らない。
 
  でも「生活保護」に対する抵抗感は、日本人の方が強いと思う。
 
  
 
  それは『教育の成果』かもしれないが
 
 
  生活保護を受ける人 
 
  …がイコールで
 
 
  「マトモに働けないヒト」
 
  …もっと言えば
 
 
  「働けるのに働こうとしない、
 
   だらしない人達」
 
  …という印象が先立つからかもしれない。
 
 
 
  我が両親の場合はもっと露骨で、直接言うような人達ではなかったものの「そういう人達」を
 
  『ホイド』
 
  …と呼んで見下していた。
 
  (注;因みに『ホイド』とは北海道弁で「乞食」「タカリ」のこと。露骨な差別用語だから良い子は使わないでね)
 
 
 
 
  更に母などは「子供が二人居る専業主婦」はエライ、という態度を崩さなかったと同時に
 
  「(結婚予定のない)家事手伝い」の女性
 
  …に対しては「極潰し」「片付かない」と呼び見下すこともはばからなかった。
 
 
 
 
  だから……という訳ではないだろうが、私も自分で家庭を持ち自分が「やりくり」をやるようになってからも
 
  『福祉に頼る』
 
  …ということにはかなり抵抗があった。
 
 
 
  特に結婚して最初の三か月くらいは「モト」特有のクセ…
 
 
 
 
  給料が入ったらお金が無くなるまで使い続け、
 
  無くなったら次の給料日まで我慢!
 
 
 
  …を繰り返すことに振り回され
 
 
 
  「給料日直前には(本当に)オカネがない」
 
 
  …という状況なる、ということを初めて体験した。
 
 (注;「モト」に言わせるとそれは私が働いていないから!だったらしいけど)
 
 
 
  そして「マオ」が生まれてから『確定申告』をするようになると
 
  「あ、ウチって結構な
 
  『低所得者世帯』なんだな~」
 
  …と自分で驚いていたくらいだった。
 
 
 
  実際「あの震災」の後の『確定申告』では、担当してくれた方が書類をチェックした後にコソッと
 
 
  「アナタの所なら、〇〇〇〇ってことで
 
  申請すれば(これよりも)もっと還付されますよ!」
 
  …と言ってくれたくらいだ。
 
   (注;〇〇〇〇=震災時の特別処置だったと思う)
 
 
  因みに「今」なら考えられない事だろうが、未だ?日本人のモラルをガンとして引き摺っていた私は
 
  「そこまで困ってもいないしな…」
  
  …という気持ちでその場で断ってしまった。
 
 
  もっとも、例えその時彼の言葉に甘えて手続きしたとしても、それを知った「モト」が
 
  「だったら、それで
 
  『ボクの』〇〇を買おう!❤」
 
 
  …と当然のように言って「横取り」されただろうから、結局同じだったな……と思うけどね。
 
 
 
  え? 
 
  「これは私が節約したものだ」
 
  …とでも言えば良かっただろう?……って?
 
 
   いやいやいや、「モト」に言わせると
 
 
  「全部ボクが稼いだオカネだっ!」
 
 
   ……私が働きさえしてくれれば、自分は家事育児を一切しないまま
 
  自分の給料は全部自分の「お小遣い」になるのに!
 
 
 
  ……と本気で考えていた人にとって、自分の妻が「専業主婦」であることの方が『恥』でしかなかったのである……!
 
 
 

(今回の切っ掛けになった話)