語学の習得には『恥』がつきものだと思う。
『恥』を恐れるようでは上手くはなれない。
実際、現役の「英語のセンセイ」である「モト」は自分の生徒にはそう言い続けていた。
しかし、自分自身は『恥』を掻くことに耐えられない。
(序でに言えば「自分の妻」が「完璧な英語」が出来ない事も自分の『恥』であった)
いわゆる「名選手」が「名コーチ」になる訳ではない……ということの逆で、「良い先生」だからと言って「良い生徒」にはなれない、という好例だろう。
「一度で
(完璧に)
出来る訳ないじゃない?」
「間違った箇所を
先生に教えてもらうのが勉強でしょ?」
…と何度私が言っても、「ボクは完璧さ」脳のボウヤはガンとして改めようとはしなかった。
ではどうしたか?
「一応」自分がやったモノを、提出する前に私に全て「添削」させたのだ。
それも最初の頃は極簡単な言葉……「てをには」の間違いのようなものを指摘するだけで良かった。
しかし直ぐ
(書かれている)
「問題そのもの(の意味)が判らない!」
…という状況に陥った。
とにかく「アダルツでマチュアで知的なボクちゃん」は(語学の勉強で)初期段階に絶対必要な「丸覚え」というものが出来ない……いや、『やろうとしない』。
そういう時は「取り敢えず」こう言えばいい、というような『基本』そのものが身に付いていない。
例えて言えば
「何で『グット・モーニング』が
『おはよう』なんだ?
気分が悪い朝だって
あるだろうが!!」
…となって「そこで止まる」ヒト、である。
それでいて「思い込み」が激しいヒトでもあるから、電話の受け答え一つでも、私が何度、どう注意しても、15年以上の『日本在住』でありながら
「〇〇さん、御願い出来ますか?」
…とはならず、
「〇〇さん、御願いしますかあ~?」
…という「ガイジン日本語」しか喋ることがなかった。
そも「モト」が日本に居づらくなったのには、来日当初と違って周りに「日本語ペラペラ」な外国人が増え、全く知らないヒトからでも
「え? 15年も居るの?
じゃあもうペラペラでしょ?」
…と笑顔で言われることに耐えられなくなった、という一面もあった。
因みに、「モト」に言わせると(読み書きを別にしても)『日本語ペラペラ』になる外国人というのは
「大学でキチンと(日本語を)勉強出来た」
…ヒトか、
「下らないことを喋ってばかりいる」
…ヒト、だそうですよ……!
(「でも、喋れるだけ偉いよね?」と返したら黙ったけどね🤣)