ある意味『ウラヤマシイ』人ではあった 11 「親子の絆」は強かったのだろう 3 | コノ国の体裁(カタチ) ~幻像『大英帝国』の住人達~

コノ国の体裁(カタチ) ~幻像『大英帝国』の住人達~

 閃いて、まさに!という想いでつけたのですが……司馬遼太郎さま、ごめんなさい……!
 

  

 

 

  当然その日は予定通り「食事」の後に「買い物」を済ませたのだが、その帰路で『テンちゃん』が

 

 (御両親が)

  「折角はるばる来てくれたのだから」

 

 

 

  …と言って急遽「プチ観光巡り」を始めてくれ、結局帰宅したのは夕食直前、と言いたくなるような時間だった。

 

 

 

  これはいつもの事なのだが、『テンちゃん』の性格を良く知る私としては

 

   「彼女らしいなあ」

 

 

   …という気持ちと

 

 

   「そこまでやる必要ないのに」

 

   …というアンビバレンツな気持ちしかなかった。

 

 

 

 

   それはもちろん『ウタさん』……と言うよりも『元祖」、いや

 

   「その製造元」

 

   …の「ほぼ初対面で、コレ?」という態度に接したこと。

 

 

 

   そして「そういうヒト」は……例えその後自分達が何度「痛い目」に遭おうと……ほぼ確実に『人の好意』を搾取することに長けている人達である、という「経験値」からだった。

 

 

   そう、コノ人達も

 

   「ボクは『ありがとう』って言ったよ?」

 

   …で済ませるばかりでなく、その後一度受けた「1」の好意が次には「2」になり、その次には「3」になることが「アタリマエ」となる人ではないのか?……という『心配』だった。

     (実際「モト」も少し前まで『テンちゃん』にタカることを平気でしていた)

 

 

 

 

 

   実際、その時……と言うよりもその後「御両親」が滞在中に「彼ら」からも『ウタさん』からも

 

 

   (『テンちゃん』に)

    「御世話になったから」

 

 

   …というような名目で彼女が食事に招待されたり、金品を渡される事は一切無かった。

 

 

 

   そう考えて行くと……セコイと言われるかもしれないが、私自身、彼らから「日本のお土産」のようなものを一切貰ったことがない。

 

  最初に御両親が滞在している間に数回『ウタさん』の家に行ったことがあるが、逆に?「家族」に対するお土産は山のようにあった。

 

  それこそ、当時日本でもやっと一般化して来たばかりの『ル〇バ』を変圧器付で持って来てもらった、と喜々として見せてくれたほどだ。

 

 

 

 

   しかし「その時」の真の問題は、事が「その時」だけで終わらなかったことだ。

 

 

   「万が一」ということで『テンちゃん』と電話番号を交換した『ウタさん』は、その後『テンちゃん』に直接連絡を取るようになってしまった。

 

  いや、「連絡を取る」という言葉は合わない。

 

   私自身日本に居た時にも同じような「御近所さん」が居て、終いには彼女から電話が掛かって来ると

 

 

  「今度は、どんな『頼みごと』?」

 

  …と返事をしていたくらいだが(そして「そういうヒト」はそう言われたところで絶対にひるまないよね?)……「そういうこと」である。

 

 

 

 

   何より『テンちゃん』が「巻き込まれた」のは私のせいだ。


 

  「モト」の身にあったように「餌食」になり続けた相手がある日ハッキリとキレることもあるだろうが、それ以前に『嫌な思い』をさせたくない。

 

 

 

  とは言え『テンちゃん』は信じられないくらい親切で寛大とは言え(だから「大天使」)コノ国の人だし、何より「大の大人」である。

 

   「モト」が同じ目に遭ったら即「オマエのせいで…」となるだろうが、『テンちゃん』は

 

   「自分のことは自分で決める・自分で決めたことは責任を持つ」

 

   …人である。

 

 

 

   『ウタさん』と「何か」がある度に恐縮する私に

 

 

  「心配しないで、出来ないことは出来ないって言うんだから」

 

 

 

   …と笑って答えてくれていたが、私がこれほど『不愉快』になるのは、その「頼みごと」の内容だけの問題ではなかったのだ……!