『短期』では直ぐ文句タラタラだった母は『終の棲家』では「今のところ」目立った愚痴は言っていないらしい。
(一日のプログラムには「リハビリ」も含まれているそうなのだが、『短期』と違って強制ではないので「椅子の座り具合が悪い」とか何とか『正当な理由』を言ってサボっているらしい)
「まあ、それも『いつまで持つか』だよね」
…と「姉」が言っていた。
しかし私はもう既に
「愚痴(=インネン)を一切言わない母」
…などこの世に居ない、というよりも
「初期チヤホヤ時代には異常な『ハイ』が起こる」
…のを「繰り返す」のが母という人、だと知っているから驚きもしなかった。
母は良く
「私の夢は、アンタ達(=姉と私)と一緒に住んで、
いつも子供と孫に囲まれて
心穏やかに過ごすことなのに…」
…というようなことを言っていて、私はその度に引っくり返っていたものだった。
多分母の中では
「そういう『自分の理想』を用意しない、
アンタ達が悪い!」
…という意識があったのだろう。
繰り返しになるが、『自称』
「滅私奉公の星の下に生まれ、
その通りに過ごして来たから微塵の後悔も無い」
……人生を歩んだ、
「世界一美人で慈悲深く上品でセンスが良い人間」
……なのだから。
『青い鳥』は自分の家に居た、という話は良く聞く。
でも、自分の家に『青い鳥』が住み着くようにするには先ず何より住んで居る人間一人一人の努力、「お互いさま」で支え合える努力が必要だと私は思う。
『青い鳥』はその通り「生き物」で、「置物」ではない。
「自分の思い通り」
…に動いてくれる人達に囲まれて、今の母は幸せだろうな、と私は考えている。
先ず自分が幸せを感じなければ、幸せはやって来ないのだから。