母も「姉」も『第三者』に対する態度は(一見)恐ろしく礼儀正しい。
だから『短期滞在施設』でも『終の棲家』でも、予算関係以外ではケアマネージャーさんが提示してくれた施設に二人で素直?にただひたすら「ハイハイ」と良い顔をしていたのだろうな、ということは想像に難くない。
そうやって「人がやってくれた」ことであれば『後出しジャンケン』で幾らでも文句を付け、責任を押し付けることが出来る……と無意識の意識で思い込んでいる人達だから(あ~、デジャヴ!)。
困るというか呆れるのはそれが例え自分が率先して「指示」したことでも同じ、ということだ。
だってとにかく「自分の思った通り」にしない相手、「自分の思った通り」の完璧?な結末に持って行かない相手が悪い、となる。
彼らが思い通りの人生を過ごせない「責任者」は母なら「家族」、そう「父」と「子供」(時に「親族」)のせいであり、「姉」場合は「義兄」と時折「姪と甥」、そして今は「母」のせい。
とにかくいつでも、一人でも「自分以外の誰か」を巻き込んでおかないと(自分の)「イザ」という時に『責任を押し付けることが出来る相手』が居ない、「無意識の意識」で常に『逃げ道』を用意している人達だ。
こう書いていると、物凄く「コノ国」っぽいな~、と思わされる。
私は生まれた時からコノ国に住むための「予行練習」をしていたんだろうか??
「最終的な責任は私が持つ!」
…と言い切って「自分一人」でやる事も、「ヒトに任せる」事もしない、出来ない。
そして繰り返しになるが「姉」はまだ母の「復帰」を期待していた……もちろんそれは「自分がラク出来る方向で」である。
『二人』は確実に親子だな~、と思う。
結局、最初に母が望んだような「調理不可の個室」にアッサリ決まり、『不用品引き取り』をしてから一週間程後に「個室」で必要な家具の『引越』、および部屋の『引き渡し』となった。
そこから更に一週間程で本人の「正式入居」となったのだが、ここで私としては
「ああ、そうか、そうだった!」
…ということが起こっていた。