「海外からの観光客」に関して更に言えば、ある番組で「旦那さんが外国人」らしい有名人が
「日本人は性善説だけど、
外国人は規制や罰則がなければ
自分の好き勝手にやるのがアタリマエだから、
こっちがそのつもりで構えないと
トンでもない事平気でやりますよ!」
…ということを言っていたが、特に今の私はそれにも全面賛成。
と言うか、日本人でも『旅の恥は掻き捨て』という言葉があるように、
「自分が何処の誰か知られていない場所では好き放題する」
…のはある程度「人間の性(さが)」である、と認めるのが現実的じゃないだろうか?
今や『希望の光』となっている「ワクチン接種」に関しては、それなりに効果があることも判って来たから、今はそれはそれで良いと思う。
でもパラリンピックに参加する人達は『基礎疾患』を持っている人達だって居るだろうし、ひるがえってオリンピックに参加する人達は身体屈強の若者が多いのだから「接種優先順位」で考えればほぼ最後の人達だろう。
「オリンピック選手だから」という事で優先はされないと言うし、最近良く言われているように『数』や手続きが間に合わず、どの国も接種が延期続きになっている状態では7月前に参加者全員の接種が終わっているとはとても考えられない。
…こんな感じで、私は「開催出来る」「開催した方が良い」とは微塵も考えていない。
『今』は止めておいた方がいい。
…としか言えないし、思えない。
選手の人達にとっては本当に気の毒だと思うが、それすらも『あの時』に比べればマシじゃないか?と考える自分も居るからだ。
『あの時』……1980年モスクワオリンピック
この時は『開催された』のに、『参加出来た』のに、やはりジイさん達による政治的「忖度」で無理矢理日本選手は参加出来なかった。
しかし、この「モスクワ」まで、オリンピックはほぼ『各国の国威発揚の場』に利用されていたということを覚えているだろうか?
ウチはオリンピックが出来るんだよ、凄いだろ~?
…という「発表」の場。
ベルリンオリンピックが「平和ごっこ」に利用されたのと同じレベル。
しかし、その『経費』の膨大さから立候補する国が殆ど無くなっていた中、革命を起こしたのがその次の「ロサンゼルス」……と言うよりも当時から「超現実主義」と言われたサマランチIOC会長が、オリンピック開催を『商売』として成立するように「してしまって」からは各国引く手あまた、
「国家レベルの金儲けの道具」
…で更に「身贔屓アタリマエ」の世界になってしまった。
「モスクワ」は『参加出来るのに出来なかった』。
『あの時』の選手の無念さに比べれば、今の状況は例え開催されなくても世界中の殆どの人達が「仕方ない」と考えてくれる状況と言えるんじゃないだろうか?
コノ国での「GOTOイート」の『その後』がどうなったかを見れば、『希望の光』が世界中に行き渡ってもいない状態でオリンピックの『その後』がどうなるか、なんて「普通の思考力」を持っている人間だったら素人にだって想像出来るんじゃないだろうか?
いつだって、「無理」を通すのはカネと権力ダケ握った老人で、「犠牲」になるのは決定権を持たない若い人達だ……!
