「いったいイツ入れるの?」
「約束」の一カ月が近付いた頃、それまでもな~にも言わない「モト」に向かって言った。
「ボクも知らないよ~、
向う(=不動産屋)が何も言って来ないから~」
…(━_━)
出た、究極の「交渉」嫌い&他力本願丸投げ体質。
結局それはまさに
「自分が同じ事をされる事が大嫌い」
…ということでしかない、という事には気付いていた。
そう、「モト」にとって誰かから「交渉」される、というのは自分に対する「文句」か「インネン」か、としか考えられないのだ。
つまりは「相手」になる人には自分の言う事を全面肯定して「自分の思い通り」に動いて欲しい。
自分が至らない事は向う=相手の方が「察して」手取り足取り、自分をチヤホヤしながら「自分の思う通り」にしてくれないのがオカシイ。
そういう発想が「無意識の意識」に染み付いていた人だと、今でもつくづく思う。
「じゃあ『向う』に聞いてくれる?
いつまで『マオ』をここに閉じ込めているつもり?
いつまで余計なお金を使い続けるつもり?」
「…きょ、今日は週末だからあ……」
(注;不動産屋が休みだからボクのせいじゃない、という意味)
…(▼へ▼メ)
本当に「機転」とか「臨機応変」という言葉は辞書に無い『フレキシブルなボクちゃん』だな、と思いつつ
「じゃあ月曜には連絡入れて、直ぐ教えてよねっ!」
…多少は私の「気迫」に押されたのだろう、月曜の夜「本当に」電話を掛けて来た(注;『携帯電話』は未だ持っていない)。
「あと一週間くらい掛かるって…」
「モト」が引き出した『情報』はそれだけだった。
そしてそこからまた、
「だって、『向う』がそう言うからあ~」
…という「正当な理由」で
『あと一週間』
…が「毎週」ダラダラと続き、毎週末戻って来る「モト」は律義に
「手を出せば出て来る」
…「当面の生活費」を毎週£50、全部「自分の為ダケ」に使い続けてくれたのでありました…!