「買い占め」の歴史は繰り返される 17 | コノ国の体裁(カタチ) ~幻像『大英帝国』の住人達~

コノ国の体裁(カタチ) ~幻像『大英帝国』の住人達~

 閃いて、まさに!という想いでつけたのですが……司馬遼太郎さま、ごめんなさい……!
 

  

 

   『大買い物デー』の次の日、私は「チコさん」にトイレットペーパーを届けるついでに足を延ばしてお気に入りの『W』に寄ってみた……のがお昼少し前。

 

   いつもだったら店員さんがその日入荷された商品を品出ししているような時間帯だった。

 

   

 

   が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  『根こそぎ』とはこういうことか?

 

 

 

 

   店に入った途端そう思ったくらい、目の前に広がる棚全てが見事にゼロ

 

 

 

 

   コノ国のスーパーも基本は日本と同じで青果物から始まる。

 

 

 

   それが全てゼロ。

 

 

 

   実際、光景を目にした途端に悲鳴を上げ、踵を返して帰って行く客続発。

 

 

   店内の客も8割方、誰かと電話しながら歩いている。

 

   何も無いけどどうする!?……とでも言っているんだろう。

 

 

 

 

    そして私は『W』がその日から『優先時間帯』を始める、と言っていたことを思い出した。

 

 

 

    そう、『S』がその前日に始めた開店から一時間は高齢者やケアラー等を含む医療関係者の買い物時間とする、と決めたアレだ(参照;「買い占め」の歴史は繰り返される 11)。

 

 

 

 

 

    「現実」を見たから、というだけではないけれども、私は正直『優先時間帯』という措置が(コノ国で)有効に働いている、という気がしない。

 

 

 

    崩れて来たとは言われるけれども、日本では「分け合い」の精神が『まだある』と思う。

 

 

 

    時期になったら「せいの!」で皆が協力してやらねばならない農耕主体国家民の気質とも言われる。

 

    例えそれが「遠慮」とか「世間体」と言われるモノであろうとも、少なくともこういう事態では良い方向に向く。

 

 

 

    でも根が狩猟民族、獲物を求めてあちこち移動し、捕ったら全部自分のモノ!……の精神で生きて来た人達には通用しない。

 

   いや、そこら辺を補填していたのが「宗教」だと思うのだけど、国家元首が自分の都合で宗教を作ってしまったような国だ。

   ある意味日本以上の葬式仏教国家、恐れるモノが全く無くなった人達の『やり放題』レベルは日本の比ではない……から、何が起こったかは前記(参照;「買い占め」の歴史は繰り返される 11)の通り……同じ事が『W』でも起こったのだろう。

 

 

 

 


   他の人達の事なんて考えない、考えるのは『自分』だけ。

 

 

   ただそれが本当に『自分』だけになるか、『自分』という言葉の中に『自分』の家族や友人という、結果『自分』のトクになると『自分』が判断する限られた人間が含まれるか、というだけだ。

 

 

 

   「そういう人達」にとって『自分』が『優先』される、ということは

 

 

 

   『全部自分のモノ』

 

 

 

  …という「権利」を与えらえた、ということと同意になる。

 

 

 

   お金が許す限り、自分が運べる限り、買えるだけ買うのが「権利」。

 

 

   ある意味「自分の欲望(ダケ)に素直な人達」と言えるのかもしれないけれど…!