父の日に寄せて  数少ない、父への「お礼」 | コノ国の体裁(カタチ) ~幻像『大英帝国』の住人達~

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 閃いて、まさに!という想いでつけたのですが……司馬遼太郎さま、ごめんなさい……!
 

 

  『父の日』ですね。

 

  何度か書いているように

 

 

  「不愉快」

 

 

  …という一言で表されるような我が実父でございましたが、一つだけ感謝している事があります。

 

 

 

 

   それは

 

 

 

  『本を読む習慣を付けてくれたこと』

 

 

 

 

   と、言っても別に彼に教育されたとか強制されたという訳ではないし、同じ屋根の下に居た母や姉はしっかり

 

 

   『積読(つんどく)派』

 

 

   …ですから、結局は「根っから好きだった」のだと思います。

 

 

 

 

    父は地方公務員扱いではあったのですが小型船で機関士というちょっと特殊な職業をしていました。

 

   私が子供の頃に「働きざかり」だった父の勤務状態は

 

   「2週間仕事の後で1週間休み」

 

   …時に(不在が)それ以上、というのが殆どで、故に警察沙汰の事件が起こったり、親が離婚したりせずに済んだのだろうな……と今はつくづく思うのですが……!

 

 

 

 

    さて、豪華客船でもない船の狭い船内で何日間も一緒に……となると当然「娯楽」も必要になります。

 

    当然今のように「海の上」でなくてもインターネットだスマホだどころか、ホームビデオのようなモノも無かった時代。

 

 

    まして「船内」という狭い空間なので大層なモノを持ち込めるワケでもない。

 

 

 

    当時の男性グループの娯楽として一般的だった麻雀や花札は備品としてあり、父も少しはやっていたそうなのですが、元々人付き合いが苦手な上に「男嫌い」な父の「娯楽」は

 

 

 

   「自分のベットで寝転んで本を読むこと」

 

   …だったのです。

 

 

 

    だから休み明け数日前になると街というかデパートに行き、数冊の本を買い込み大食堂で昼食をとり、今でいう「デパ地下」で好みの酒の肴を買って帰る……というパターンをやっていたのですが、それが日曜日で(注;当時は週休二日じゃなかったのよ~!)尚且つ父の機嫌が良いと娘達に「お供」の誘いが掛かる、というのもパターンだったのです。


 

   父が「本選び」に結構時間が掛かったからというのもありますが、元々本や食べる事に興味が薄く何より父を露骨に嫌っていた姉はほぼ100%無視。

 

   好き嫌いの激しい父と一緒に食べるのは特に楽しい事ではなかったものの、

 

 

    「本が買って貰える!」

 

 

   …この一行だけでホイホイ付き合った私。

 

 

 

    そう、普段子供に興味が無い父ではありましたが、そういう時には「好きなだけ」本を買ってくれたのです。

 

 

 

    教育方針?として漫画や雑誌の類は絶対にダメ、という条件はありましたが、それ以外の本には特別な日でもないのに妙に太っ腹というか。 

 

   本のジャンルや内容も特に検閲(!?)は無かったので、それこそ本屋中飛び回って選んでいました。  

 

 

   そして大抵は自分の本が決まった父が私の所に「決まったか~?」とやって来るので、その時に

 

   「うん、大体……でも今コレとコレ、どっちに決めようか迷っている…」

 

 

   …なんて言うと、これも大抵

 

 

   「両方買えばイイじゃないか」

 

 

 

    時に二人で30冊くらい買っていたのですから(父は文庫本が多かったけど)本屋さんにしたら「良いお客」だったでしょ~ね~。 

 

    

 

     お陰で今でも年に100冊くらい平気で読んでます……というか、読まないと調子悪いです。

 

    

     父よ、ありがとう。