「それくらい」のことで、言葉で、そこまで考えるの!?
…そう考える人も多いと思う。
でも、私自身が何度も似たような対応を受け、また、そうなった場合の『その後』はどういうことが起こるか、ということを(深刻度は違うと言われても)多少なりとも『経験値』として持っているからだと思う。
私が一番嫌だった思い出は、体調不良で行って「内科」から「精神神経科」に回され、そこでの診療後
「詳しい症状をお話したいので、次は家族の方といらして下さい」
…と言われた時だった。
医者にしてみれば
「こういう場合は家族の協力も大事だから」
…という軽い気持ちだったのだろう。
ギリギリ「未成年」と言える年齢だったし、その頃なんて『家庭内暴力』なんて言葉もまだ一般的ではないどころか、社会全体が『母親神話』にどっぷり浸かっていた頃だ。
結局(特に今から思えば)軽いパニック障害のようなものだったのだが、医者の前ではしおらしく『優しい母親』の顔で話を聞いていた母が、帰り道迷惑そうに、でも半分笑いながら、吐き捨てるように言ってくれた。
「小さい時から変なことばかりしていたから
ずっとキチガイじゃないかとは思っていたけど
これで本物のキチガイになったね!」
(注;「キチガイ」は母の口癖の一つです)
「心愛」
…どちらがどう決めたのか知らないが、彼女の親は、どういう気持ちでこの綺麗な名前を考えたのだろう?
……その親がそういう気持ちで接していた時はあったのだろうか?
…何より、そんな素晴らしい名前を貰った心愛ちゃん自身が、その親に「心から愛されている」と感じた瞬間はあったのだろうか?
どちらも、私には無かったこと。
そして、同じように感じられていない子供達が……今の日本にどれだけ居るだろうか?
本当に、彼女の死を無駄にしては欲しくない。
最後に。
心愛ちゃんの魂が安らかに過ごせますように……心よりの愛を込めて。