『キュリさん』には申し訳なかったが、少なくとも私は「モト」に対して「死んでしまえ」とも「不幸になれ」とも思った事は無い、ホントに。
いやもちろん
「幸せになってね」
…なんて、聖女のような事は今でも言えない。
けれども、良くも悪くも「それなり」の生活をしていてくれ、くらいには考えている。
別に何かの拍子で大金持ちになってくれても良い。
自分がカネモチになったからって周りに…どころか実子にすら「お福分け」するような人間ではないし、私の財布から横取りしたワケでもないんだから、私達の生活は何も変わらない。
(まあ「モト」の性格から言って、そうなったとしても下らない「ボクに絶対必要なモノ」にチョコチョコ使って知らぬ間にまたビンボーに、というパターンになるだろうとは確信出来るけど)
問題はどういう状況であれ彼が下手に不幸になってしまうと(正確に言うと「ボクちゃんってなんて可哀想モード」になってしまうと)その「反動」というか「とばっちり」が必ず「家族」に、それも彼が「自分の支配下」と考える家族に……今なら先ず「タオ」に、そして「タオ」を通じて不愉快な形で私に降りかかって来る、という『経験値』があるからだった。
だから「モト」には世間的にはどうであろうと「それなりに幸せ」くらいで居て貰わないとコッチが困るので、ね。
というか、ヒトってのはそう簡単に誰かに対して「死んでしまえ」と考えるものなんだろうか?
もちろん家族を殺されたとか自殺に追い込まれたとか言うような場合は一時的にそういう精神になっても仕方ない……のは十二分に理解出来る。
まして私は子供時代から散々イジメに遭っていたし、家族からも虐待を受け、周りは頼りになるどころか足を引っ張るような人達ばかりだったから、そういう人達に対して『怒り』や『恨み』は絶対にある。
けれども、「死んでしまえ」とは何故か思わなかった。
(その逆というか「消えてしまいたい」という気持ちはしょっちゅうだったけど)
相手に「不幸になれ」とか、相手が幸せそうにしていると腹が立つ(我が母が典型的このタイプ……子供に対しても!)というのでもなく、今はただ『そういう人達』に対しては
アナタ達だけで勝手にやってくれ。
私に関わらないで。
私の目の前に現れないでくれ。
…という感覚。
「そういう人達」は『必ず』自業自得だ~!……と言いたくなるような目に遭う、ということが確信出来るようになって来たからかも知れないが。
しかも『キュリさん』の場合はっきりと
「私はね、オカネさえキッチリ半々にしてくれたんだったら
別に『あんな男』とは離婚しても良かったのよ!」
…とも言っていたのだから……!