ただ、その話を聞いた段階ではちょっとだけ彼女に「同情」していた。
「信じ難いもの 愛の言葉・誘い言葉
信じ難いもの 寂しい時のアタシの耳」
…という詩があるけれども、先に書いたような「劇的」な事を経験した直後だったら、普段全く気にもならないようなことにすがってしまうことがあったとしても仕方がない……私はただ頭ごなしに責める気にはなれない。
まして彼女は(犬が居るとは言え)基本的に一人暮らし。
「普通の家族」「普通の夫婦」で過ごして来た人にはより辛いだろう。
それこそ酒におぼれたり、新興宗教にすがる人が居るのと同じ状況。
いや、今はインターネットのお陰で逆に『引きこもり』になる期間が短くなっていると言われるように、彼女が「そういうもの」にハマってしまう条件が全部揃ったようなものだ。
だからこそ考えていた。
これから私や、私の周りに居る日本人のママ友に会うようになったらこういう「極端」な考えも薄れていくだろう、と。
因みにその『凄いこと書いているサイト』というものの一つを私も一度だけ見せてもらったことがあるが……正直、私の英語力では当然隅々まで理解することは出来なかったし、何より一見して判るほどオドロオドロしい雰囲気のその外見?を私の感性が一瞬にして「拒否反応」を起こしてしまった。
偶然だが、最近聞き流していた日本の番組で『フェイクニュース』のことが取り上げられていて
『最近で一番フェイクニュースが流れ、混乱させられたのはアメリカ大統領選の最中』
…と言っていたから、『キュリさん』はまさにその「波に飲まれた」一人と言えたのかも知れない。
とにかく、『キュリさん』がそういうことを他の人達に話していたかどうかは知らない。
しかしもちろん私よりも付き合いが長い友達は沢山居たけれども、グループで会う『ママ友レベル』が多く(子育てや家庭の悩みは別として)そうした個人的な思想・信念などで突っ込んだ話はしていなかったと、その後の彼女との会話を通じても私は思う。
何より、普通の人に「こんな話」をしたらその場で大笑いされるか、彼女と同じように『頭ごなし』に否定されるか、のどっちかだったろう。
しかし、何度も言うけれども私は「適当に聞き流す」ことに慣れていた。
それは彼女のとって、まさに「本領(本性?)発揮」出来る相手が出来た、ということだった……!