直接関わる必要さえなければ、『笑ってしまうくらい』無能な『M夫』を支える『M妻』。
肝心な時には直ぐ逃げ腰&しどろもどろになる『M夫』と違い、彼女は流石この国の公共機関で主任レベルまで登り詰めたというだけあり、かなり「打てば響く」タイプ……そうじゃないと、コノ国ではやっていけない、とは思うけど。
外見は……化粧が派手で地声が大きく、体も大きい……それでもこの仕事を始めて×キロもやせたのよ~、と言っていたが、じゃあ前はどうだったんだ?と言いたくなるような太さ。
インド系の人は大抵そうだが、元々目鼻立ちのハッキリした綺麗な顔しているのだから、もう少し痩せればいいのに……と思うのは余計なお世話か。
何度も書いているようにこの『M妻』が『陰の実力者』だったのだけど、これがとにかく
「ケチ、だけど(かなり)見栄っ張り」
基本的な備品や住人の食事など、普段訪問者の目に付かないような所には出すものも出さない、という態度だったけれども、逆にパッと見で目立つものには唐突にお金を出す、という、まあ
「判りやすいヤツ」
…であった。
『監視カメラ』でチェックしてパンに塗るバター(と呼ぶマーガリン)の量まで文句をつけるような人なのに、唐突に、というかある日突然、
『従業員の仕事を助ける』
…ことには全く関係ない……どころか、新たなる手間を増やす(こういう事がしょっちゅうだった)ことになる、一見豪華(に見える)食器用のキャビネットを食堂に設置していた。
その中のガラス部分には「一度も使ったのを見た事が無い」揃いのワイングラス類が並べられ、見えないドアには普段使いの、サイズもバラバラ、ゴミ箱から寄せ集めたようなガラスコップが入れられ、ボロボロに擦り切れたコルク板製の「プレイスマット」が引き出しに仕舞われた。
「プレイスマット」は別にして、「コップ」はそれまでキッチンの棚に仕舞われていたから、洗ったら直ぐ仕舞うことが出来、それを誰でも必要な時に直ぐ出し入れ出来たのだけど、そういう『余計なモノ』が来た結果、ケアラーの人達は洗い上がったコップを一々キャビネットまで運ばねばならなくなった。
もちろん「数」もギリギリくらいしかないから、しょっちゅう
「ごめん、コップだけ急いで洗って!」
…と言う事態になってしまったが、もちろん、ケアラーの仕事どころか毎日のように顔を出すこともない彼らが気にするハズもない。
彼女が来ると昼食後には「アクティビティー」(まあ本来は娯楽というか余興時間というもの)と称して住人達を相手に彼女の『講演会』が始まり、その内容は大抵
「自分は如何に高度な教育を受け、上流階級の躾を身に着けたか!」
という内容だったのだけど……『厚顔無恥』とはコノことだな~、とつくづく思った……自覚がない、という「だけ」なんだろうけど。
『毒舌』が得意な『Yさん』など一言、
「大口開けて、大声で平気でガハハ笑いする上流階級人なんて居ないわよ!」
…とバッサリ。
確かに彼女の声は普段から大きく、特に「笑い声」は歌舞伎の高笑いかのように良く響いた。
私から見ても、彼女の仕草や振る舞いに呆れる事は多々あっても、感心させられることは無かった(M夫はひたすら『問題外』)。 しかし、私が彼女の
「ケチ、だけど見栄っ張り」
…を最初に、徹底的に確信したのは、『体験付き見学者』が来る、と決まった時だった。
ケアハウスの場合、「緊急」とか「強制」という形で突然入居者が入って来る時もあるのだが、大抵は先ず家族(時に当人も一緒に)がマネージャーとの話を聞くついでに見学に来るが、そういうのは大抵ケアラー達の仕事が比較的空く午後=昼食後から夕食前くらいまでに組まれるのが普通。
それが熱心な家族だと、「体験」として半日ほど……時に多少の手数料を払い、お昼を挟んで暫く「滞在」し、先住民(?)の雰囲気や感想をそれとなく聞き出す、ということをする。
私が働き始めて間もない頃、というか私にとっては最初で最後だったが、そういう「予約」が入ったのだ。
さあ、それからの『M妻』の私への態度が急変。
「リオ、貴女が作れる、一番の料理を作ってね!」
「何か欲しいものはある!? 何でも言って!」
…おお、初めて聞いたぞ、そんな言葉……いや、最初で最後だったけどね……!
「その日」までは確か一週間くらいあったと思うのだが、これも普段無いことに『M妻』は毎日のように顔を出し、あれこれ「装飾」をしながらも私に向かって
「今までで一番美味しいものよ、判った!?」
…を繰り返す為に、とうとう私は「その日」の二日ほど前、彼女に正面を向き、きっぱり『宣言』した。
「アナタねえ、わざわざ食事までして見学したいって人が、何を求めているか判る?
もちろん食事の内容もあるかも知れないけど、実際住んでいる住人の話を聞きたいって事なのよ?
普段出さないような食事出しても、他の住人に
『普段、こんなのは出ないよ~』
…って言われたら、どういう印象を与えると思う?
私は私なりのベストの食事を出すから、
もう黙っていてくれる?」
……『M妻』はやっと大人しくなった。
そして当日。
日曜日だったので基本的に『御馳走日』ではあったのだけど、普段のメニュー(ソノ12 を参考にしてください)に加え、デザートに焼き立て・ふわふわのリンゴのケーキに、これまたこの国のお年寄りが大好きな「暖かいカスタードクリーム」をたっぷりかけたデザートを出した。
もちろん、見学の一家も、住人の皆さんも大喜び。
先住民の人達は「今日はいつもの御馳走日よりもちょっと良いかな?」と思った程度らしく、ただ口々に彼らに私を褒める言葉を伝えてくれていた。
そして上機嫌になった『M妻』は普段以上に大声で、
「ウチのコックは、レストランでシェフをしていた者なんですよ~!
貴方達は毎日一流のシェフの料理を食べられるんですのよ、オホホホ!」
あらま~、私はいつから「一流のシェフ」になったのかしらねえ???