ハイ、こちは旧香港上海銀行。
の、裏手からの眺めになります〜
以前もご紹介した
旧香港上海銀行長崎支店記念館。
香港上海銀行=HSBC
長崎・オランダ坂の下、旧HSBC長崎支店
開国直後に大英帝国の金融網が日本へ食い込む最前線拠点として、
外国人居留地・商館・領事館・出島と連動しながら
“情報×金×貿易” が集中する場に置かれた
旧香港上海銀行長崎支店
前回は猛暑から逃れるために偶然入館しましたが、今回は中には入らず、グラバー園へ向かう待ち合わせ場所として「わかりやすい場所」という理由でここに来ました ![]()
オランダ坂を下りて
長崎港に出たところがちょうどこの場所。
後に衝撃の事実を知ってたまげる展開に…
現代日本と強く結びつくクロスポイント。
目の前にはマンションみたいな
巨大な客船🛳️が停泊していて圧巻。
長崎市旧香港上海銀行長崎支店記念館
長崎近代交流史と孫文・梅屋庄吉ミュージアム
ここ1箇所で、
西洋(イギリス・欧米列強)の金融・建築文化
日本 長崎の開港・近代化の最前線
アジア 中国革命・日中友好の原点
まさに帝国の痕跡そのものとも言える歴史の交差点。
物理的にも
象徴的にも
ガチで交差してる。
待ち人来る。
オランダ坂を登って、
久しぶりのグラバー園へ向かいます。
グラバー園は、、
いつ振り?
、、30年振り?
すっかり忘れてる🙀
あ、イカリだ⚓️
なんでイカリってこんなにカッケーんだろか
実用性100%で生まれた究極の武骨フォルムだからなのか、、?
めちゃくちゃ好きだ😍
、、でもなんで?
三菱重工長崎造船所の錨
歴史的な技術(ストックアンカー)と
現代技術(ストックレスアンカー)
イカリ⚓️
常陸丸:
大型貨客船、軍事輸送に使用、
日露戦争で兵員輸送に使用した日本近代船の象徴
砲撃を受け、玄界灘で沈没
夕顔丸:
小型鉄製汽船、
進水式にトーマス・グラバーと
三菱二代目社長・岩崎弥助が出席
昭和37年まで75年間、長崎大浦と高島・端島(軍艦島)を結ぶ連絡船として活躍
長崎地域の交通を支えた、技術の先駆け
岩崎弥太郎(1834-1885)
土佐出身。三菱の初代社長。
、、享年51歳で他界ということか。
イカロス号事件も、いろは丸事件も、同じ年に起きてる。大変だったろうな😅
どうしても、龍馬伝で岩崎弥太郎役を
演じていた香川照之さんを思い出してしまうけど、激動の時代を駆け抜け、日本の近代化を短い期間で成し遂げたエネルギーがものすんごいことを考えると、、
本当にあんな感じだったのかもしれない。
港がすぐ近くで汽笛が響く、、🚢
さっきの大型客船が出港した
グラバー邸から見てもデカい😳
🚢スペイン船だった🇪🇸
夕暮れはすぐに夜になった
グラバーには息子がいたそうな。
写真はグラバーの息子、倉場富三郎くん。
富三郎くんは学習院に学び、アメリカ留学へ渡り、生物学(特に魚類学)を専攻。
父グラバーは経営学を望んだようですが、本人は魚の研究に没頭したそう。
21歳頃に長崎へ帰国し、日本国籍を取得し、正式に「倉場富三郎」と名乗る。
日本初の蒸気トロール船を導入して漁業近代化に大きく貢献したり、「グラバー図譜」(魚類の美しい図譜)を作成したり、長崎の国際交流にも尽力。
その後、長崎で生涯の大半を過ごし、昭和20年(1945年)8月26日、原爆投下の2週間後に74歳で自死という悲しい最期を迎えている。
少なくとも留学後は日本に戻って根を張った人生だった。
父のグラバーは、武器商人、蒸気機関、造船、炭鉱、明治政府と深く関与した
超・近代日本の裏方中枢にいた人。
その血を引いた富三郎は、
日本名で、日本人として、日本に根を下ろした。
混血のクロスポイントでもあった。
長崎造船所の歴史
長崎製鉄所の鍛治職人たちと
オランダ人指導員
日本のみなさんは、ちょんまげ姿
造船設計風景(撮影:1909年)
この頃、他にはなにがあったのかなぁ〜と調べてみたら、シベリアで『Tunguska event』
ツングースカ事件があったらしい。。
1908年のツングースカ事件は、1000発の広島型原爆の力でシベリアの8000万本の木々をなぎ倒しました。しかし、クレーターは決して発見されませんでした。石質の小惑星だったのか、氷の彗星のかけらだったのか、それとも一部の異端的な理論家が主張するように、墜落した地球外の宇宙船だったのでしょうか?(自動翻訳)
もんのすんご………く
大きな大爆発😳
The Tunguska Event of 1908 flattened 80 million trees in Siberia with the force of 1,000 Hiroshima bombs. Yet, no crater was ever found. Was it a stony asteroid, a chunk of an icy comet, or, as some fringe theorists suggest, a crashed extraterrestrial craft? pic.twitter.com/RvzmF9vMRJ
— Wired4WondersTales (@wired4wonder) 2026年1月12日
On June 30, 1908 the Tunguska event took place. It exploded in the atmosphere and sent a careening fireball angling toward the ground then billowing upwards. A shock wave slammed into the forest, stripping branches from trees directly below and knocking trees flat for miles. pic.twitter.com/XD4EH1uzK9
— Donald E Davis (@DDAVISSPACEART) 2022年6月30日
ツングースカ大爆発、、
ホントになんだったんだろか。
ミステリー。。
てか、こんなポストも見かけたのだけども。
🚨: Japan generates electricity in space and sends it to Earth, marking a worlds first. pic.twitter.com/WnkMe5DQY6
— All day Astronomy (@forallcurious) 2026年1月13日
いろいろ重なってミステリー味がマシマシだぁ〜![]()
戻ります。
長州ファイブではないか。
大船建造の禁のもと弁才船しか持たなかった幕末日本は、蒸気船と大砲を備えた列強の脅威に直面し『清の轍は踏まぬ』と長崎・出島に西洋軍事技術を求め、蘭書を手に鉄製大砲鋳造や洋式船模倣から産業化への第一歩を踏み出した。
“大船建造の禁” は徳川幕府(家光政権)の国家戦略。
日本を「海から切り離す」ための意図的な設計で、
日本を“陸の国家”に作り替えた政策。
古代から航海民の国、海外ネットワークを持っていたけど、徳川幕府が意図的に“海の筋肉”を落とした。
戦国のトラウマがある
キリシタン問題がある
海が反乱ルートだった
国内統治を最優先した
こんな条件下で「海を閉じない」という選択肢は、ほぼ無かったのだろう。
徳川治安優先!!!
徳川は“国を弱くした”んじゃなくて、
“国を凍結保存した”のかもしれぬぬぬ。
、、そこに 黒船ドーン‼️
幕府は
海外渡航禁止
大船建造禁止
貿易は長崎一極
にしたけど、
「全部の海を閉じた」わけじゃない。
「周縁の藩に、外交と海の役割を丸投げ」してた。
この丸投げ、
これが後でとんでもなく効いてくる。
長崎は技術保管庫
薩摩長州は解凍担
偶然に見えるけど、
地理と歴史が勝手にそう動いてる。
宗像
玄界灘
対馬
長崎
海の結界
境界の神
無意識にできた国家設計みたいな配置。
玄界灘ラインだけは
構造的に凍らせきれなかった。
海を閉じて、
でも完全には閉じられなかった場所。
徳川が海を凍結しようとした中で、
対馬・朝鮮通信使・宗教と情報の往来・海賊・密貿易が絶えない玄界灘ライン
ここだけは構造的に封鎖できなかった。
そういえば、
朝鮮通信使。。
⚓️⚓️⚓️⚓️⚓️
(ちょいと夏に戻って寄り道します)
下関・赤間神宮の前にあるイカリ⚓️。
イカリ(碇・錨)の記憶も
現物も並ぶ下関⚓️⚓️⚓️
ここは、朝鮮通信使の上陸する港でもあったんだったのを思い出した。
朝鮮通信使は、江戸時代の鎖国下の日本において、外交関係を維持した貴重な使節団。
1607年から1811年の間に12回来日。
うち1回は対馬でのみ対応。
11回が赤間関(下関)を上陸地とした。
外交だけでなく先進文化や学問、技術をもたらし、文化交流と親善に大きな成果を残す。
正使以下500名にも及ぶ大規模な使節団。
朝鮮通信使、これに気付きつつも触れずに先へ進んでしまったのですが、、
長崎港から赤間関へ戻ってくるという
寄り道でございました。。![]()
改めて、ここがイカリ⚓️が多く下される地なのだなぁ…と実感。
海を渡る。
向こうは九州。
波の先に瀬戸内海。
見えるのは関門海峡。
⚓️⚓️⚓️⚓️⚓️
グラバー邸で紹介されていた『フリーメイソンの門柱』。都市伝説で見たみたいのが実際に存在するらしい。
ちょっと長くなってしまったので、続きはまた今度💦
〜 続く 〜
タイミングすごすぎて笑ってもうたが、、
ちょうど、深田萌絵ちゃんがさとうみつろうさんと浙江財閥の話をしてた…![]()
![]()
ここでまた出てきた
宋美齢!
いろいろクロスポイントが溜まりすぎて、どっかに風穴?あきそうな気がする
⚫︎⚫︎追記⚫︎⚫︎
岩崎弥太郎の興味深いお話を
見かけました メモ📝
戦後にGHQが財閥解体を行うまでは、三井財閥・三菱財閥・住友財閥を三大財閥と呼んでいた。三井、住友についてはそれぞれ三百年以上の歴史ある豪商がルーツであるのだが、三菱については明治期の動乱期に、創業者の岩崎弥太郎が政商として巨万の利益を得てその礎を築いている。その弥太郎は土佐国安芸…
— しばやん (@shibayan1954) 2026年1月18日
































