久しぶりの<クンナル> |      生きる稽古 死ぬ稽古

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ー毎日が おけいこ日和ー
        


 

昨日は、こんなふうに楽しい時間をすごしたわけですが、

 

自分のことで、気のなってたことがある。

 

(あれ? 私、イマイチ三河弁の出が悪くない?)

 

って、ことだ。

 

普段は出さないけど、

 

私は昔からの友人と会うと、

 

deepな三河弁で話をする。

 

意識しているわけじゃないけど、自然にそうなる。

 

なのに、今回、ちょっと三河弁の出が悪かった。

 

やっぱり場所ってあるのかな?

 

千葉で話すより、三河で話した方が、

 

もちろん方言って出やすいもんね。

 

そんな中、久しぶりにきいたのが<クンナル>

 

すっごくなつかしくて、うれしくて、

 

「ほだよ(そうだよ)ね〜、

 

すっごいクンナルよね〜〜」

 

と相づちを打ちました

 

クンナルって、カタカナで書くと?だけど、

 

なんてことはない、「苦になる」ってことです。

 

これはたぶん三河弁だと思うのだけれど、

 

「苦になる」って、苦しいってことじゃないです。

 

<気になる>とか、<気がかり>っていうことなんだけど、

 

そのこと自体は大したことじゃないかもしれないけれど、

 

(それってどうなのよ?)って

 

私的にはとっても気になっちゃうのよね〜

 

みたいな時に使います。

 

どっちかっていうと、否定的な言い方ね。

 

本当はそうじゃない方がいいのに〜〜

 

って感じかな?

 

「おでこのニキビが治らんもんで、

 

なんかクンナル〜〜」とか、

 

「隣りのジイサンって、あいさつする時

 

ニコリともせんから、いつもクンナルんだよね〜」とか、

 

「早いとこお中元を贈らんといかんのだけど、

 

なかなか手が回らんで、すっごいクンナル〜〜」

 

みたいに使います。

 

これは例題ねウシシ

 

やっぱカタカナだとイメージが違っちゃうけど、

 

<苦になる>は<クンナル>って発音するんだよねゲラゲラ

 

ひさしぶりにクンナルをきいて、

 

自分でも使ってみて、

 

いろいろと思い出したりしてた。

 

母親はクンナルことが多かったみたいだなぁ。

 

多用してたもの。

 

私はヒトにチャチャを入れる時なんかは使ってたけど、

 

自分のクンナルことって、あんまりなかったような気がする。

 

忘れちゃっただけかもしれないけど…。

 

(配慮がたらなかったんじゃないか?)

 

(もっと心配りをしてあげられたのではないか?)

 

(おつきあいの中で、不義理をしているんじゃないか?)

 

 ↑あ、これは三河人にとってクンナルところです!

 

みたいなところが繊細だったり、

 

細やかにヒトを観察できたり、

 

まわりの人と仲良くやっていきたいと思っていたりするヒトは、

 

クンナルことが多いように思います。

 

これを読んでくださった三河人のみなさん、

 

どうでしょうか?

 

そんなこと、ないのかなはてなマークニヒヒ

 

何に気なしに、岡崎城の写真でも貼っとこうゲラゲラ

 

 

庭みたいなところだからね、

 

いつ見ても、胸がキュンキュンするよドキドキ