命にありがとうの節目の年 恩師に感謝 | 大人の自分探し ぱんじ

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今年は私にとっては大きな節目の年。


乳がんの手術を受けて、この秋で20年になりました。

私が手術を受けた日は、上越地震の直後でした。

病室で捜索のニュースをずっとテレビで見ながら、祈っていた自分の姿を思い出します。


そして、母が亡くなって今年で25年。

今年、私は母が亡くなった年になりました。

母が大腸がんの宣告を受けたのは、30年前。

(母は57歳、私は32歳直前でした。)

それから5年の介護の後に、母は旅立って行きました。


母が亡くなったすぐ後には、元気いっぱいだった義母が白血病にかかり、3年後には義母も亡くなり、その後に続くように、私の乳がんが見つかり…


私も家族も必死の10年でした。 


私はよく「本当に真面目ね〜」と言われるのですが、命と向き合いながら、不真面目になる選択肢がなかったのだなぁと時々思っていました。


でも、ひょんなことから、私のそういった考えの元となっているのは、大学時代の一人の先生との出会いがきっかけだったことに気づいたのです。


この本の著者であるドイツ人のアルフォンス・デーケン先生

今でも心から尊敬する恩師です。


日本で死生学の第一人者となったデーケン先生に出会ったのは、私は大学一年生の18歳の時。

一般教養の「倫理の根本問題」

とても小さな教室で、にこやかに朗らかに、楽しそうに講義をしてくださったのは、当時40代後半の、はつらつとしたエネルギーのあるデーケン先生でした。


その授業があまりに楽しかったので、次の年もデーケン先生の授業を取りたいと思いました。

その次の年、先生が新たに始められたのは、「死の哲学」。

その授業には多くの生徒が集まり、できたばかりの大講堂での講義となりました。


そのとき学んだことが後の人生に大きく影響を与えていたことに、私はずっと気づいていませんでした。

(そして、それは私がヒプノセラピーを学ぶ遠因ともなっていたのです。)


先日、YouTubeでデーケン先生が日本で初めて死生学を始めた理由について語られている動画を見つけました。


「死への準備教育は、いかに人間らしく生きるかという教育」とデーケン先生


「寝た子を起こすのではないか?」と反対されたという若い世代への死への準備教育。


当時の日本ではガンの告知もほとんどされていませんでした。

ちなみに、私の母と義母にも告知はされませんでした。

母は知りたくない、義母は知りたいと思い続けていましたが、受け止め方は人それぞれという考え方すら定着していなかった時代、今は義母に告知をしてあげればよかったと思います。

告知されなかった義母は、自分で病名を調べ上げ、亡くなる前に家の片付けを終え、お墓も集合墓に決めて旅立って行きました。

でも、母は生きたいと願いつつも(潜在意識では)生きられないと知っていたことで、いっそう苦しみが増しているように見えて…私は母に事実を知って受け止めてほしい、より良く生きてほしいと思うようになっていったことを思い出します。


そして、自分ががんになったときには、(二人の母を見送った直後だったので)生きられることに心から感謝しました。

病気の恐怖よりも何よりも、心からありがたいと思ったのは、デーケン先生の教えがあったからだと今は思います。



エンディングノートでありながら、人生を愛するノートであるノートには、こう書かれています。


「これからの人生をどう生きていったらいいか、じっくり考えましょう。新しい人生を素直に肯定して、元気に次の一歩を踏み出すことが必要です。」


優しく明るい先生の声が聞こえてくるようです。

恩師に感謝✨


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