今回は、筑波大学の「女性リーダーのためのカウンセリング実践プログラム」の中での寄り添いサポーターさんによる寄り添い支援の体験(2回目)をお伝えしますね。あとから振り返って生涯発達心理学の世界で何が起こっているかを私なりに分析しました。
今回は前編の続きです。
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後編
「完全に蓋をしてるんですよ」――核心への到達
前編では、「自分の軸」の存在に、面談を通じて気づき直すまでを書いた。
後編では、そこからさらに深いところへ降りていった過程を書く。
続いてサポーターは、こう聞いてきた。
「今までも、特に迷われたりはしなかった?」
私は少し考えてから、こう答えた。
「迷いはね……すごく迷ったことが一回あって」
夫婦の問題のことだった。
ここから、面談の空気ががらりと変わった。
これまで「軸に迷いはない」と言い切ってきた私が、唯一、今でも答えの出ない経験について語り始めることになる。
子供たちがまだ小さかった頃から、夫婦の関係がうまくいかなくなっていった。
10年近く迷い続けた末に、私はひとつの決断をした。
子供たちのために「両親が揃っている」形を選び続けたけれど、それが正解だったのか、今でもわからない。
話しながら、私は自分でもだんだん気づいていった。
この話を、私はずっと避けてきたのだと。
「今でも自分で決めた行動が正解だったのか、不正解だったのか、わからない」
「そのことに関しては、考えてもしょうがないと思ってしまう」
そして、こうこぼした。
「蓋してるんですよ。完全に」
サポーターは、この一言を見逃さなかった。
それまでの話の流れを一度置いて、
「今日、それをテーマにしましょうか」と、
残りの時間をこの一点に充てる決断をした。
人生の重要な決断について、「正解がわからないまま抱え続ける」ということ自体、実は珍しいことではない。むしろ、簡単に答えを出さずに抱え続けられることの方が、まれな強さだったりする。
―― 誰にも話せなかった重さ
サポーターに問われながら話しているうちに、私は自分でも予想していなかった本音に触れた。
もし今、大人になった子供たちから「本当はすごく辛かった」と言われたら
――私はきっと立ち直れない。
過去はもう変えられない。
だからこそ、その事実に向き合うことが怖かったのだと、この日初めて言葉にできた気がする。
子どもたちとその話を今もできないのは、まさにこの恐れのせいだった。
一方で、心のどこかにこんな願いもあった。
「今はもう大人になった子どもたちの方から、『あれはあれでよかったんだよ』という言葉をもらえたら嬉しい」
それは、罪悪感の裏返しだったのだと思う。
そして、この重さを、私は誰にも話せずにいた。
ずっと、一人で抱えてきた。
サポーターはここで、助言も評価もせず、ただこう言葉を返してくれた。
「何のアドバイスをくれなくてもいいから、話を聞いてくれる人がいるといいかなと思いました。話せないとたまってきますし、モヤモヤするというのを話せないことはストレスですよね」
この言葉を聞いたとき、私は初めて気づいた。
「まあ確かにそうですよね……だから、なんか吐き出したかったのかもしれないです」
Rogers(ロジャース)は、評価や条件をつけずに相手のありのままを受け止める態度を「無条件の肯定的関心」と呼んだ。サポーターはこの場面で、一度も「それは間違っていない」とも「もう気にしなくていい」とも言わなかった。だからこそ私は、防御することなく、いちばん奥にあったものに触れることができたのだと思う。
―― 「乗り越える力」への転換
このあと、サポーターはひとつの見方をくれた。
「そうやって自分の中で決断した経験とか、迷った経験というのがあるのであれば――そこはもう自己理解というところにとどまらなくてもいいような気はします」
「抱き続けてきたということ自体が、力の一つになっているんですね、きっと」
この言葉を受けて、私は自分でも気づいていなかった過去の使い方に思い当たった。
あの夫婦の問題を経験してから、私は何か辛いことがあるたびに、
「あの時の痛みに比べたらこれくらい大したことない」と思うようにしてきた。
あの経験があったから、その後のたいていの苦しみは、乗り越えられる基準になっていた。
いちばん辛かった経験そのものが、私の中で塗り替えられていた。
サポーターはこれを、こう受け止めてくれた。
「その意味では、何かを乗り越えるときの糧となったんですね、きっとね。……そういうふうに受け止める部分と、深いどこかで抱えてきたのと、両方でいいと思うんですよ」
辛い経験を「その後を乗り越える力の源」として意味づけ直すこと。心理学でいう外傷後成長(Post-Traumatic Growth)の考え方に近い。ただ、大事だったのは、辛さを美化してポジティブに塗り替えることではなく、前向きな意味づけと、今もなお残る重さの両方を、無理に一つにまとめずに置いておくことだった。この「両方でいい」という一言に、私はいちばん救われた気がする。
―― 自己理解が、未来の形になっていく――締めくくりとして
面談の終盤、サポーターはこう言った。
「自己一致した時に大事にしたかったことが、ミッションに結びつくんじゃないかな」
私は迷わず
「合ってると思います」と答えた。
そして自然に、この講座を卒業したあと何をしたいか、という話に移っていった。
私がやりたいのは、ビジネス寄りのキャリア支援ではない。100歳まで生きるとしたら、これからどんな人生を描いていくかを、自分自身で組み立て直せるように寄り添う支援がしたい。
そう話しながら気づいたのは、これはまさに、私自身がこの日受けたかった支援のかたちそのものだということだった。
答えを教えない。
評価しない。
ただ、自分の言葉で意味づけをし直せるように、そばにいてくれる。
生涯発達心理学では、人は一生涯、発達し続けると考える。この日の面談で起きたことは、単なる過去の整理ではなく、私自身の発達の一段階だったのだと思う。20年以上前の決断を、今の自分の力として捉え直し、それを他者への支援というかたちで未来に向けて開いていく。この循環そのものが、生涯発達というものの手触りなのかもしれない。
50分ほどの面談だったけれど、私はこの日、長い間「完全に蓋をしていた」ものに、初めて自分の言葉で触れることができた。
答えは出ていない。
それでも、誰にも話せずに一人で抱えてきた重さを、少しだけ言葉にできたこと。それ自体が、この日いちばんの変化だったのだと思う。
サポーターは最後まで、答えを教えなかった。
ただ、私が自分の言葉にたどり着くまで、問いを返し続けてくれた。
それがどれほどの力になるか、受ける側として、初めて実感した日だった。
生涯発達心理学等で言われている『木の幹と枝葉』の話をこちらでしてます。
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