【朝の城塞都市カルカソンヌ】
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目覚めてカーテンを開けると、2階の部屋から城塞都市カルカソンヌの景色が見えましたが、朝食を食べている時、添乗員さんが、「ホテルの屋上に行くと、よく見えますよ」 と教えてくれたので、早速行ってみました。確かに2階より5階の屋上の方がよく見えました。
 
今日は、アルルに行き、ゴッホゆかりの地を訪れ、ポン・デュ・ガーというローマ時代の水道橋を眺め、それからアヴィニョンの市内を観光する予定です。
 

【アルルまでの風景】

まずは、カルカソンヌのホテルから3時間ほど走ってアルルへ向かいます。
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車窓からは、いかにもヨーロッパらしい街並みが見えました。
休憩場所では、リンゴのゼリーを買ってみました。
車窓から見えた、騎士の鎧の頭部ような白い建物は、何なのか分かりません。
 
【黄レンジャー部隊】
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アルルに近い高速道路の料金所で、黄色い安全服を着た人たちが、たくさんいました。添乗員さんが、日本の漫画の赤レンジャー青レンジャーを真似て黄レンジャーと言っていたので、そうしておきます。
黄レンジャーさんたちは、フランス政府が決定したガソリン代値上げに反対するストライキをしている人々でした。なんでもフランス政府は、リッター180円を一挙に200円に値上げすると宣言したのだそうです。それでは、確かにストをしたくもなるでしょう。ひどい話です。黄レンジャーさんたちの気持ちは理解できるにせよ、観光客にとっては、やはりいい迷惑です。この日は、それほどストの影響は受けませんでしたが、翌日はひどい目に遭いました。
 
【アルルの跳ね橋(ヴァン・ゴッホ橋)
グーグルマップでは、「ラングロワの橋」となっています。
この日は、ここからフランス在住のめぐみさんという方が案内をしてくれました。車上荒らし事件があったので、この日の最後に警察で盗難証明書を作成してもらうために、フランス語を話せる日本人として急遽あてがわれ、ついでに1日ガイド役をすることになったようでした。
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アルルの街には、ゴッホが描いたの絵の場所には、その絵が観光案内として置かれています。ゴッホが跳ね橋を描いたのは、実際にはこの場所ではないのですが、似た風景のこの場所に移築されたということです。
ゴッホについては、この旅に出発する前、読んでいたのでリンクしておきます。
【ゴッホ:パリ:~35歳】 ~ 
【ゴッホ:オーヴェル・シュル・オワーズに死す】

 

【サントン(粘土人形)】
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アルル市内に入り、バスを降りて中心部を散策しました。
文化センター内に、手作り民芸品であるサントンを売っている部屋がありました。
5~10€くらいで買える小さな人形などがたくさん並んでいました。記念に1つ買うつもりだったのですが、室内が異常に暖房されていたので、ジックリ選ぶことができず、体を冷やすために一度外に出たら、それきりになってしまいました。
【サントン】
 
エスパース・ヴァン・ゴッホ(L'espace Van Gogh) 
 
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エスパース・ヴァン・ゴッホは、ゴッホが1889年に療養生活をおくった旧市立病院で、現在は文化センターになっていますが、ゴッホが入院中に描いた中庭がそのまま復元されて維持されていました。
 
レピュブリック広場Place de la Republique
右上の写真は、アルルの中心にあるレピュブリック広場です。レピュブリックは英語読みでリパブリックですから、共和国広場ということになります。尖塔の周りは噴水池のようになっています。後方の黄色い建物は市庁舎。
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この写真は、レピュブリック広場の中央に建つ尖塔の下部(池)にあったもの。池に水は入っていませんでしたが、口と嘴から水が出てくるのだと思います。
扉に貼られた黒い模様は、見覚えがあったから撮っておいたのですが、何を意味するものだったのか思い出せません。
 
古代劇場(Théâtre antique d'Arles) & 円形闘技場(Arènes d'Arles
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左の古代劇場は、紀元前1世紀に作られたもので、17世紀に発見され、半世紀かけて発掘されたそうです。
古代劇場に隣接して円形闘技場があります。こちらは1世紀末に作られたそうです。中世には要塞として使われ、現在は春から夏にかけて闘牛場として使われているそうです。闘牛って、スペインだけでなく南フランスのアルルでも行われているのです。
因みに、バルセロナはスペインですが、闘牛場は閉鎖され現在はショッピングセンターになっています。
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円形闘技場は北側に入口があり、その入り口付近に、ゴッホの絵に描かれている場所がありました。
 

フレデリック・ミストラルの像

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狭い路地を歩いていると、「ラーメン」の提灯を掲げたお店がありました。
右は、フォリュム広場で、そこにはノーベル文学賞を受賞したフレデリック・ミストラルの像がありました。プロバンス語やプロヴァンスの伝統を守ろうとしたおじちゃんです。
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フォリュム広場の脇にも、ゴッホが絵を描いた場所がありました。右の黄色い壁の建物を描いていたようです。しかし、ここはゴッホが住んでいた「黄色い家」ではありません。ゴッホが住んでいた「黄色い家」は、現在はなくなっています。
【アルル市庁舎(Mairie d'Arles)】
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右は、アルル市庁舎の1階です。ホールのようになっていて、市民が結婚式などに使うそうです。市庁舎といっても、日本とでは使われ方がだいぶ違っているようです。
バスが停まっているマレシャル・ルクレール通りへ戻り、バスでローヌ河の橋を渡って対岸側にある船上レストランに行きました。
 
【船上レストランでの昼食】
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白いお皿の窪みに嵌った白い塊は、タラとポテトを混ぜたものでした。お魚の形状は全くありませんが、タラが使われていたのは間違いありません。
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船上レストランから見た対岸の風景です。
 
【 スーパー と 黄レンジャー
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昼食が終わって、次に向かう前に、スーパーマーケットに立ち寄りました。車上荒らしに盗られてしまったレインコートの代用品があるか探したのですが、ありませんでした。フランスの野菜は、日本のよりカラフルです。
途中で、昨日と同様、スト決行中の黄レンジャーに出くわしました。
この時は、幸い、それほど大きな時間ロスはありませんでした。
 
【ポン・デュ・ガール】
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アルルから北側へ50kmほどの所、ローヌ川の支流ガルドン川に架かる、古代ローマ時代の3層構造の水道橋です。
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「5€札に描かれている水道橋はポン・デュ・ガールです」 と添乗員さんは言っていました。確かにどちらも3層構造です。
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スペインのセゴビアにある水道橋は2層構造で、ここより細い柱が狭い間隔で建っていますが、ここと同じくらい凄いでしょう。どちらも甲乙つけがたい華麗さです。
 
ポン・デュ・ガールの観光を終わってアビニョンに向かう途中、黄レンジャーたちのストにズッポリ嵌ってしまい、アヴィニョン到着は予定より2時間ほど遅くなってしまいました。なので着いたのは、もうすっかり日没後。
 
アビニョン サン・ヴェネゼ橋 & 法王庁
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サンベネゼ橋は、童謡「アヴィニョンの橋」のモデルになった橋で、川の途中で途切れたままの橋です。この童謡は、ベネゼという牧童がつくったという逸話があるそうです。真ん中の尖った所には、ロマネスク様式とゴシック様式を取り入れたサン・ニコラ礼拝堂があるということですが、外観写真を撮っただけです。
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法王庁は、二人の法王によって作られました。北側の半分は、修道士出身のベネディクトゥス12世が建てたもので、地味で厳格な雰囲気。南側半分は、贅沢好みのクレメンス6世が建てたものだそうです。
 
【夕食の買い出し】
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この日の夕食は、アビニョン市内で自由散策ができる予定だったからでしょう。ツアー料金には入っていません。
ところが、黄レンジャーのストの影響でアヴィニョン到着は大きく遅れたので、殆どのお店が閉まってしまい、マクドナルドくらいしか空いていないということでした。
なので(日本進出では失敗したけれど、フランス国内では成功している)カルフールというスーパーでサンドイッチとヨーグルトを買い、ホテルの部屋で食べることにしました。
 
【レピュブリック通り】
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石作りの街並みって風情があります。黄レンジャーたちのストがなければ、アヴィニョンの街をもっともっと楽しめたのですが、こればっかりは、しかたがありません。
 
バスに戻りホテルのフロントに荷物を預け、歩いて警察に行きます。
警察署はホテルからわずか100mほどの所にありました。
 
【アビニョン警察署で被害届】
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建物の写真を撮らなかったので、エントランスで撮ったこの写真しかありません。
既に、夜8時頃になっていました。
運転手のマッシモさんと、添乗員の原田さんと、現地在住ガイドのめぐみさんの3人が、別室で被害届を出し、被害証明書作成に尽力してくれました。その間、観光客の40人全員、エントランスのプラスチックの椅子に座って待っていました。
自動販売機にホットミルクがあったのは大助かりでした。
時間半ほど待ったでしょうか。漸くフランス語の「被害証明書」ができました。全員が拍手をすると、担当してくれた人のよさそうなお巡りさんは、投げキッスを返してくれました。さすがフランス人です。
これで、旅行保険に入っていた人は保険申請ができますが、阪急交通社から、「保険に入っていない人に対しても、特例保険を使って、全員の損害を補償する」 という知らせがあったので、全員の表情が明るくなった感じでした。
 
【宿泊ホテル】
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宿泊したノボテル・アヴィニョン・センター(Hotel Novotel Avignon Centreというホテルのフロントに置かれていたオブジェです。こういうのを見ると、「スペインよりフランスの方が上」 と思ってしまいます。まあ、どうでもいいや。
部屋に入り、先ほど買ったサンドイッチとヨーグルトを食べ、お風呂に入ると、お母さんは早々とおネンネです。貢一はテレビのチャンネルを全部見て調べていました。毎夜の事です。
 
今日は、ここまでです。