まもなく母の命日がやってくる。
丹波の田舎の家には、母の遺品が手つかずで残っている。
母は、毎年家計簿をつけていた。
特に晩年は、ミミズの這ったような字で判読不能だが、母の生きた証なので処分出来ずにいる。
母の筆跡を見ながら、母を偲ぶ。
母は、メモ魔だった。
広告の裏紙や紙切れに、何かと走り書きしていた。
録画や録音が出来ない時代の料理番組を、見ながら聞きながら、
大学ノートに走り書きしていた。それを見ながら再現して食卓に載せてくれた。おふくろの味は、毎日の献立だ。
父の亡くなった2008年10月2日の家計簿に、母の記述を見つけたが、判読出来なかった。一部読み取れたところには、「10月2日4時33分永眠」「涙も出ないほどショック」「とても穏やかな表情だったのがせめてもの救い」「わたしを置いてきぼりにしないと信じていたのに…」とあった。当時の母の心情に初めて触れた気がした。
今月30日発売の新刊「日本をかっこよく!」には、両親の最期の言葉のことを書いた。親思う心にまさる親心のことを書いた。
母に抱かれた信夫クン。10ケ月の時。
母のパターンブック。なんでも手作りだった。



