きょう3月22日は、日本でラジオ放送が始まった日。
1925年のことだから、きょうで放送100歳だ。
NHKでは、放送100周年を記念する一連の番組を制作しているが、昨夜ラジオで、森本毅郎さんが41年ぶりに出演する番組を聴いた。実に興味深い内容だった。
1963年、昭和38年にNHKに入局した森本さん。
『新日本紀行』のナレーションや朝のニュース番組『ニュースワイド』でキャスターを担当。 NHKを退職後は、活躍の舞台を民放に移して、85歳となった今も現役。
TBSラジオ、朝のニュース情報番組『森本毅郎・スタンバイ!』は去年11月に放送9000回を迎えた。
森本毅郎さんは、当時、若手のアナウンサーにとって、オピニオンリーダー的存在だった。
1984年2月29日朝、ボクは、いつものように『NHKニュースワイド』を見ていた。
そうしたら「私事で恐縮ですが、今日を持ちまして『ニュースワイド』を卒業します。それと同時にNHKを辞めます」と番組内で唐突な発言。椅子から転げそうになった。
その数日前に若手を集めた研修で、あるべきアナウンサー像についてゲキを飛ばされたばかりだった。精神的支柱を失ったような気持ちになったのを、よく覚えている。
森本さんは、若手のアナウンサーに向けて「生々しい映像が動く現代史として放送されている。それだけでは十分だとは思わない。いわば他人の経験の奥深くにあるものが何なのか。他人の経験を見つめ、自分の経験に重ねてわかろうとしなければならない。視聴者が自分ごととしてとらえられるようにするのが素晴らしいことだ」と述べている。
開高健さん曰く「戦争も悲惨だが、戦後はもっと悲惨だ。それを味わうのは市井の民」。
だが戦争体験のない若い世代は実感出来ない。
他人事をいかにして自分の中に内在出来るか。
そこに、ニュースの存在意義がなければならない。
放送に携わるものは、わかろうとすることは大事だが、そんなに簡単にわからないものだ。
試行錯誤している森本毅郎の身体を通して、考えるきっかけとしてほしい。
ラジオは、ことばだけで伝えるシンプルなツール。
伝え手のことばが研ぎ澄まされていれば説得力も出てくる。
ネットは便利かもしれないが「わかった気にさせられる」だけで浅い。ラジオは、深く立体的にする有効なメディアだが、伝え手のことばが問われる怖いメディアでもある。
放送に携わるものが、批難したり批判したりするのは考え物だが、冷静に判断して「批評」するのはいいことだ。本質を突き核心に向かう姿勢を見せることは、とても大事なことだ。
ラジオを聞きながら、森本さんの言葉を要約してみたが、改めて肝に銘じることが多々あった。
最後に、森本さんは、こう結んだ。
「100年と言っても、たかだか100年。老けこむのは早い。可能性はまだまだある。聴取者離れで頭を抱えているというが、本当に悩んでいるのかと問いたい。離れていくのはなぜなのか、情報はこんなものでいいのは、心を捉えているのか、真剣に問い続けながら番組を作ってほしい」
