中華街と言えば関帝廟、橫濱媽祖廟と華美な装飾の建物が知られている。しかし身近な所にも”中華”を感じるものがある。
本編ではおそらくガイドブックなどでは取り上げられることのない、そうした中華関連の建物を中心に紹介する。
横浜華僑婦女会
横浜中華街の関帝廟通りにある山下町公園は、修学旅行中の様な若者が、店で買った食品を食べていたり、くつろいでいたりと、微笑ましい光景だ。
そこに面してあるのが横浜華僑婦女会の建物。古くはみえないが、各階の間のいかにも中華風の模様が楽しい。
横浜華僑婦女会は1953年に成立、華僑子弟の学校教育を支援する会だ。現在の建物は2001年に建設された3代目。
同公園には「日本で最初のフットボール(ラグビー)発祥地 横浜」の記念碑がある。
1866年、日本で最初のフットボール(ラグビー)クラブである横浜フットボールクラブ(YFBC)の場所が、ここからほど近い山下町127番地で、イギリス人を中心に設立されたことによる。中華系とは関係はない(笑)
廣東會館倶樂部
廣東省出身の華僑で組織する親睦同郷會。1953年の設立は先の横浜華僑婦女会と同じ。現在の建物は1994年完成。
横浜華僑基督教会
1950年代にアメリカ人宣教師のハンネスターがその基礎を作った。彼女はノルウェー人で、(戦前)米国から夫と共に満州へ宣教師として派遣されたが、そこで夫を亡くした。設立は1957年。
その後(戦後)新中国の三自愛国運動で外国人牧師・宣教師は皆国外退去となり、米国へ帰国の途中横浜港に寄った際に、中国と同じ漢字が使われているのに気づき、横浜に逗留した。
ノルウェー人というと、同国船員がオーナーであったBAR NORGE (バーノルゲ) を思い浮かべる。1972年の創業。
現在の建物はコンクリートの打ちっぱなしでかなり新しい。
徳永ビル
横浜華僑基督教会近くにある、階段両側の置物が中華的と思って撮影。
戻って調べると1956年建設の徳永ビル。中庭のあるこの字型の建物。
会社名も「徳永ビル」で、創設者德永 恵三郎が建築請負業を開業し、元町地区を中心に洋風店舗・住宅の建築を開始したことに始まる。
1923年といえば関東大震災の発生した年で、元町辺りも甚大な被害を受けた。
元町中華街駅に近いビルの全景。本町通りの周りのビルに比べてもノスタルジーが漂う。先の写真は奥の建物。
これらは筆者が「孤独のパスタ」として、近くのお店でパスタを食べた際に撮影したものです。
お断りしたようにこれらの建物は私的関心から紹介しました。訪問して、それだけを見ると「なんだ」と落胆するかもしれませんこと、最初にお断りしております。
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