先に行われた「東京建築祭」で慶応義塾大学の三田キャンパスを訪問したブロ友さんの投稿に刺激されて訪問。イベントの期間中は内部、普段見られないことろも見ることが出来るようだが、自分はまあ見た目、外観ファンだから。
都心のキャンパスで、さほど広くはないキャンパスに歴史的建造物が揃っているので、見学するには助かる。
<三田演説館>
正門を入って、すぐ左方向に木々に囲まれて建つのが、「三田演説館」。
1875年に日本最初の演説会堂として建造された。今から150年前だ。
木造瓦葺、洋風、なまこ壁(平瓦を壁面に並べ、その隙間に漆喰を盛り上げる工法)の建物は国の重要文化財。
手前は福沢諭吉先生の胸像。綺麗な外観からは、とても大事に維持されていることが分かる。
<図書館旧館>
創立50年記念事業の一環として計画され1912年に竣工。大学のシンボル的存在で重要文化財。
端正な建物は時代を感じさせない。しかし実際は第二次世界大戦の空襲では、書庫を残して全焼している。(その写真を展示室で見ることが出来た)その後苦労の末に再建されたのである。
また中には一般人が利用できるカフェがある(別途紹介)
入り口部分は上部に大学の校章であるペンのマーク。文字は右から五十年記念(?)
内部も入れる。復元されたステンドグラス。
なおこれとは別の東館のステンドグラスにはラテン語で「ゆっくり急げ」という文字が組み込まれている。
この言葉は最近トランプ関税問題で、赤沢担当大臣が用いていた。
<塾監局>
塾監局とは、慶應義塾の本部機能を果たす建物。
初代の塾監局は1923年の関東大震災で損壊し、現在の建物は1926年に再建された。
<第一校舎>
1937年竣工。
反対側が正面の様だが、やや物が雑然と前に置かれていたのでこちら(裏?)から。
どの建物も綺麗な姿を見せてくれるが、これは「良く残ったものだ」と感心するのではなく、関係者の努力で「よく残した」という実感を抱いた今回の訪問であった。
関連する慶応大学日吉校舎内の地下壕(戦争遺跡)の訪問記はこちら
<大学のルーツ>
中津藩士の福澤諭吉が1858年(安政5年)に岡見彦三の推挙による藩命から江戸築地鉄砲洲(現在の東京都中央区明石町)の中津藩中屋敷内の蘭学塾「一小家塾」で講師に就いたことを起源に持つ。
「慶応義塾大学発祥の地」の説明文を築地で見つけた時は、半信半疑でシャッターを押した。
「大政五年福沢諭吉この地に学塾を開く」と書かれている。
筆者のメインのサイト『日瑞関係のページ』はこちら
筆者の著書一覧はこちら (アマゾン)
『第二次世界大戦下の滞日外国人(ドイツ人・スイス人の軽井沢・箱根・神戸)』
はこちら








