旧東京中央郵便局
東京駅丸の内の出口の斜め向かいにあるのがKITTE(旧東京中央郵便局)
吉田鐵郎の設計で1931年の竣工。
解体が決定していたが部分的に保存・再生され、2012年にJPタワーの一部として公開。
古き良き時代の雰囲気の良く残った建物だ。

丸の内の明治生命館は1934年竣工。設計は岡田信一郎で、終戦後アメリカ極東空軍司令部として接収され、2階の会議室が連合国軍最高司令官の諮問機関である対日理事会の会場として使用されたことは「マッカーサーと日比谷の第一生命館と明治生命館」の中で紹介した。そして先日はこの立派な建物の外観に圧倒された。

この時は時間の関係で寄れなかったのだが、実は内部も無料で見学できる。改めて訪問した。
そのマッカーサーも何度か出席したという会議の開かれた会議室(第一会議室)がそのまま残っている。
筆者が注目したのはマッカーサーが座ったであろう上座の後ろにある壁掛け時計だ。
この時計はダイナモ時計(電気時計)で、マスター時計とつながり、館内ですべて同じ時刻を示す仕組みであるという。建物が出来たのは90年前、今も正確に時を刻んでいるのである。
筆者は思わず他の部屋の時計も注視した。ゆっくり見て回ったので、もちろん時計は進んでいるが、確かに同じ時刻。時計のメーカーは不明だ。
この近代的な建物には建設当時から他にも空調完備、空気で書類を送るエアシューター、セントラルクリーナー(各室に据え付けられた吸気口にホースを接続して使用する掃除機)などが備え付けられていた。当時最先端のオフィスビルであった。
下は顧客窓口か?
そして2階と1階を移動したのはオーティス社製のクラシックなエレベーターであった。
オーティス社はアメリカの会社だ。日本がアメリカと戦争を始める前にアメリカ人の技術者は皆帰国し、以降は修理は日本人の手で、在庫の部品で戦時中も運転を維持したのであろうか?などと考えた。
そしてこうした貴重な部屋、設備を保存し、無料で公開する現在の明治安田生命の企業イメージは自分の中では最高に上がった。
なお
このビルの地下にはフォードコートがあり、そこでパスタを食べたが、この重厚感とはややアンバランスな気がした。こちら
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