オスカーの父ハンスは1879年に日本に来て、スイス系商社シイベルヘグナー社に勤務する。横浜でハンブルク出身の女性と結婚し、7人の子供を設ける。この頃のアベック家の住所は山手18番である。
 
リリィは1901年に生まれるが、戦時中はドイツの新聞フランクフルト・ツァイトゥングの日本特派員として活躍する。こちら
 
ハンス・ベルナーとオスカーは双子で1897年に横浜で生まれる。戦時中アベック家で唯一、山手に住んだオスカーはシュミッド(Schmid)時計会社,に勤務する。そして支配人となる。("Meiji-Portraits.de"より)
 
また1930年「シチズン時計株式会社」が設立された際、主要株主の中で唯一の非日本人であった。
 
兄のハンス・ベルナーは神戸市須磨区に暮らした。妻はユリ・アベック日本人で、ふたりには長男がいた。終戦時には滝口タマ(義母)、と滝口マキ(義妹)が同居していた。
 
イメージ 1
現在の238番
 
14 ハインリッヒ・ゼールハイム (ドイツ人 総領事)はこちら
山手238番の詳細はこちら
 
メインのホームページ「日瑞関係のページ」はこちら
私の書籍のご案内はこちら