目的によって思考の起点は決まる。
多くの人が現状の知識を前提に思考を進めるが、その学び方・思考の進め方が間違っている。
学び方が間違っているから物理とは程遠い支離滅裂な道理が世界の常識としてまかり通るようになった。
すべて間違っていると言うことは「部分」ではなく最初から最後まで。
基点を間違えれば何年積み重ねようが最後まで間違う、当たり前の道理だな。
その結果が現状であり、結果が出なければ間違いだ。
科学は「生命の仕組み」を顕微鏡で見える成分で捉え、成分で解明しようとして来た。
生命とは意識と体、その見えない意識を途中放棄してしまった。
証明が困難だからだが、存在しないと言うことではない。
野人理論の基盤は「生命エネルギー理論」であり、現科学は「成分論」。
理論と論説、物理学と生物学の違いだな。
生命である動植物はエサ肥料の成分養分で育つか、エネルギーで育つか。
起点が異なるのだからすべてが全く異なる。
体を構成する成分、良い成分、悪い成分、善玉菌、悪玉菌、栄養、必要成分、これらは野人理論とはまったく関係がない。
野人理論はそれらとは対極にあり、間違った常識の最大の壁、成分・カロリー論を消滅させる立場にある。
成分には有効な薬もあれば毒もある。それを否定しているのではない。
誰もがこの科学技術の恩恵を受けている。
対処としては良い方向悪い方向へ効くものもあるだろうが、本来の健康とは無縁であり世界が抱える病不調の原因・健康問題の主因でも解決策でもない。
生命の仕組みの基本的なことを間違えたのが原因なのだからそれを修正すれば問題は解決する。
健康、環境の悪化は「農業の間違い」が招いた副産物でありすべてに連動している。
人知の間違いは自らの体だけでなく、家畜、ペット、植物にまで及んでいる。
生活習慣、適度な運動、規則正しい食生活、バランスの良い栄養・・何をやっても完全な結果も出ず、単位が明確でなく、理論にもなっていないものは頭からすべて消去することが理論を学ぶ原則だな。
目的によって思考の起点は決まるが、思考の起点とは現状の知識ではない。
病不調はじめ結果が出ないのだから、新たな起点が必要になる。
人間の学問ではなく自然界に思考の起点を置くのは、自然界の動物には人間のような健康問題・環境問題が生じないからであり、そもそも何も考えていない。
何も考えずとも難問が生じないのが森羅万象の仕組みであり、その仕組みに反すれば問題は生じる。
何処が反しているのか、真面目に考えてもわからないのは、基盤となる仕組みが現生物学には存在しないからだ。
仕組みとは「物理」のことであり、現生物学のような暗記科目ではない。
これが学問最大の盲点であり、存在しないから理論を築き上げた。
この理論を起点に思考を進めれば、問題の解決は困難ではないことがわかる。
専門用語も難しい計算も努力も労力も必要なく、現常識学問を持ち込まなければ小中学校の教科書にも出来る内容だな。
思考の起点次第、順路次第で人生も変わる。
テーマ「学問のススメ」、暮らしに役立てていただきたい。
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