学びの姿勢と目的 | 野人エッセイす

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森羅万象から見つめた食の本質とは

 

野人の省エネ思考は半端ではなく子供の頃から筋金入り。

海山川の狩りも学問やスポーツ・武術も、前向きではなく後ろ向き下向き横向きに徹底した哲学と、汗をかかず練習しない練習法、試合に臨む余裕とヨコシマな姿勢が満ち溢れていた。

裏技、脇技、斜め技・・正攻法に反則技も自在で退屈しない。

 

楽して必ず結果を出す姿勢と思考、頼まれて結果は出すが、勝ちたいという頂上志向は全くないのだから1位でも嬉しくはない。

むしろ猛練習して臨む皆さんに申し訳ないと言う気持ちが残る。

汗を流すスポーツは好きになれないし野人には向いていない。

 

学門も技術もモラルも人から学ぶのが常識であり、野人思考は誰もまったく理解出来ないのだから、実行は非難にも罵声にも耐える強い意志がいる。話を面白くするお笑いセンスも。

 

プールでも泳がず陸トレも柔軟体操もせず汗を嫌い、毎日煙草一箱吸いながら県大会の水泳競技で優勝する高校生など誰も信じない。 狩りの為の潜水は好きだが水泳競技には関心がなく「こうすれば猛練習せずともスピードが出て結果は簡単に出る」と言う道理を示しただけだ。

やる気をもってレースに出たわけではないが、考案した失格スレスレの反則技は試合で使わなかった。 4大泳法の弱点・無理は当時から理解していたから修正も裏技もやれる。

 

いくら「本能と物理じゃい」と言っても、真面目に練習努力しなければ到底認められない。

それで結果が出たことは間違いないのだから素直に「何で?」と聞けばいいのだが誰も聞かない。

知ったうえで練習努力すればもっと記録は延びるはずなのだが。

 

常識からすれば非常識だが、文明とはそもそも一人の非常識から生まれたもの。

およそ60年かけて生命に関する独自の理論を築き上げた。

机上の研究と違い、汗も血も流すし命も何度か流しかけた。

 

省エネしてもこれだけの時間を費やすのだから、真面目に現学問から常識通りに学んでいたら五百年かけても築けなかっただろう。 生命の仕組みは社会から学ばなくて良かった。

生物学は学問の基盤から間違っていると確信したのは高1の時。

 

野人の学びの目的は探究ではなく人を活かすことであり地球環境の復元、飢餓貧困・紛争を失くすこと。

これまでと同じ思考では現状は変えられない。

 

理論は銀河の渦巻きのように球形に繋がり、個々の単純な道理は現状の難しい学問を必要とせず、融合も加減も出来ない。

野人の学び方が異なる様に、教え方も常識とは異なり正反対。

理解出来るかどうかは学び方次第だ。

 

人間は何万年も生き残る為に知性を磨いてきた。

結果を求める数学物理の原点は狩猟にあり、生きる為のものだった。 結果を出せなければ家族が滅びる。

現状の知性で病不調の完全復元がやれるかな。

価値観は皆違って当然だが一つの答えを求めるのに考え方はそう幾つもない。 世界共通だな。

 

目的を果たす為にまだ何もやっていないうちから野人は「仕方ない」と言う言葉を使うことがない。

調べて、トライして、どうやっても自分の今の頭と力では不可能だと納得した場合に「仕方ない」と言う言葉を使う。

 

しかし完全にはあきらめずにあくまで保留だ。

そこまでやったことは無駄にはならず、いつかきっとひらめく時が来る。

そこまでやらなければ「ひらめく時」は永遠に来ない。

 

仕組みのある理を言葉で覚えて片付けるのは簡単だが、向上心は忘却の彼方へと去ってしまう。

その連続が自己を形成、やがては「常識」として定着する。

定着すればもはや疑問を感じる事もなくなり、「それが普通・当たり前」にとって代わる。

 

目的を果たす為の方程式を組む事すらしなければ、それは最初から理性を放棄すると言うことだ。

現実はこうだから・・世の中そうなっているから・・と、探求解明とは別の安易な道を選ぶ。

 

自分の頭を使い基盤から築いて懸命に進むよりも「聞く・読む」ほうが楽で早い。覚える為のノートも勉強も必要になる。

それが世界の間違った数多くの常識を生み出した。

 

いくら意識を変えようが思考の考を間違えたのだから修正不能。

それらを理詰めで元に戻さない限り生命も環境も復元出来ない。

 

そう確信してこのブログを毎日書き続けている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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