「考える」ことと「思う」ことの違い | 野人エッセイす

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森羅万象から見つめた食の本質とは

 

思考とは思い考える事だが、この思と考の間には薄くて見えない壁がある。

同じ意識の世界だから自由に行き来は出来るのだが異次元を仕切る壁のようなもの。

 

作家で歌手だった野坂昭如の、「男と女の間には深くて暗い川がある」という「黒の舟歌」が1970年代に流行ったが、これも同じ意識の中の壁。 思いに傾く思考と考えに傾く思考の違いと受け止めている。

 

男と女の深くて暗い川なら比較的わかりやすいのだが、思考の薄くて見えない壁はやっかいだ。

自分次第でどちらの部屋にも行ける

ここに思考の盲点がある。

 

「思う」は意識の中だけの世界であり、同じ意識でも「考える」は現実に向かう世界であり答を求める世界

「思う」に間違いも何もないが、「考え」を間違えれば結果は出ず現実の世界で落胆する。

 

「失敗した」と嘆くのはその典型であり、反省して同じ目に遭わないよう思考回路が磨かれる。

現実の「勘違い」「思い違い」も間違えたのが原因であり、現実の理を「勘や思い」で判断した結果だ。

数学物理の問題を解くのと同じで感性で答は出ない。

 

難しいことは元より簡単なことさえも間違える理由は「考」の世界に「思」を持ち込んだからであり、よく聞けば、考えれば間違えないようなことが多い。

 

それほど思と考は密着融合しているから「思考」とひとまとめにされている。 この密着関係にある思と考を野人は子供の頃から使い分けて来た。

友人で同じように使い分けていた者は一人もいなかった。話していればそれがよくわかる。

人間である以上どうしても自分の「思い」が入るのだ。

 

どちらでもよいこと、好きにすればよい事は物理ではないが、物理の判断に思いが入れば答えを誤る。

その顛末をいやというほど見て来たが、頼まれない限り口は出さなかった。 聞いた時点で何処が間違いか、どうすれば答えが出るのかもわかるが余計なことは言わなかった、危険に関わること以外は。

 

予知出来ない不幸はたくさんあるが予知出来る不幸もたくさんある。

簡単に予知出来ることも防げなければ、不幸の数でトランプが出来るだけでなく「人生山あり谷あり 波乱万丈」の思いが強くなるだろう。

すべてではないが、聞いた限りでは大半が判断の誤りによるものだった。

そんなことは本人には言えない。機嫌を損ねるだけだ。

 

「当たって砕けろ わからんものは考えない」は最後の手段であり、最初からこれではそのようになり、大半は砕け散ってしまう。「とにかくやってみよう」は思考の墓場だが、それと同じだ。

 

「前向き思考は怪我の元」も同じで、前向きで解決出来るなら誰も考える必要などなく、結果をもたらすのは考えた方程式次第、横向きだろうが後ろ向きだろうが関係がない事だ。

 

士気を挙げる多くの言葉があるが、「思」は前向きでも「考」は足元から周囲を見渡した方がよいだろう。

自信がない自らの心を励ましたりやる気を起こすのも構わないが因果とは無縁。

 

努力も同じで、何の為に何をどのように努力するのかが重要であり、努力して徒労に終わるより努力なしで結果が出せるならそのほうが楽でよいではないか。

 

野人は幼少より「努力 真剣 前向き 真面目 一生懸命」などの言葉をあまり使ったことはないが、結果を出す為にあきらめず、人の何十倍も頭を使ったことは間違いない。

 

反面、人が真面目に努力することの大半は省エネ、必要ないと判断して一歩で跨いで来た。

思考回路が社会の常識とは全く異なるが、それで人並み以上の結果が出せたのだから何の問題もない。

狩り、スポーツ、武術、学習法、仕事、すべて努力とは無縁だった。

 

ヤマハ在籍中、南西諸島では数か月無休で昼夜深夜労働が続いても苦にならなかったほど体力精神力抜群。

三重のリゾート施設は会社ではヒマで、誰よりも遅く出勤、施設を見回り誰よりも早く退社、タイムカードも打たず自由出勤に徹したが、ほぼ毎日自宅で深夜、早朝まで考え続け、書き続けていた。

 
請け負って結果を出す為の仕事と、仕事の為の仕事との違いだな。これも常識では怠慢だが、仕事に費やした総労力は他の管理職の数倍だろう。

退社と同時に書き続け、喋り続けるのが業務になったが、机で仕事するのも会議で喋るのも見たことがなく、野蛮人と思っていた管理職仲間達は絶句した。

「あれは字が書けず喋れんはず そんなバカな」と・・

  

実りがなくつまらん会議は喋らず欠席が多く、事前の資料作りは全くしなかったが、必要でわからないことは何日かかろうが考え続け答えを出して来た。

結果としては努力、真剣など他の言葉も当てはまるだろう。 思考の思にあたる精神的な言葉としてではなく、思考の考にあたる方程式の構築にそれらのエネルギーを費やした。

 

そうして半世紀以上かけて基礎から野人理論を積み上げて来た。 理論に参考文献はないのだから「無から有」を生み出したのだ。

 

協生理論、協生農法、健康法、体調復元法・・

農法に至っては農園を造る前に本一冊分の理論をまとめた。 農園での苦節数十年はあっても、そのような農法家はいないはず。

 

無とは言っても意志はあったのだから野人の意識が有機物、つまり使える有意義物である理論を生み出したことになるが、それで大勢の人が喜んでいるのだからよかったな。

 

皆と同じノーマル思考だったら出来なかったことは間違いない。 学び方、思考の起点、順路次第で求める答は大きく変わる。明確な答えを出す方程式に思考の「思」は必要ないのだ。

 

野人理論講習会に自分の思いや常識を一切持ち込むなと言うのはそれが理由であり、読んで習った知識も同じ。

それらのもので現状の問題を解決出来ないのは明らかであり、出来ないのは間違っているからだ。

 

野人理論を学ぶ人・・参考になったかな。

 

 

 

心と現実の理

https://ameblo.mom/muu8/entry-12226627979.html

失敗から学ぶ

https://ameblo.mom/muu8/entry-11971233667.html

野人理論を理解する単純なコツ

https://ameblo.mom/muu8/entry-12017126737.html

意識の仕組みを解く心理学1

https://ameblo.mom/muu8/entry-12438210576.html

 

 

野人理論 武術 探求中・・

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