命あるものは必ず考える。
命を繋ぐ為に考え、生き延びて子孫を残そうとする。
動物だけでなく植物まで、小さなアリから人間、道端の草から大木まで、脳機能があろうがなかろうが考え、生存の道を模索する。 それが生命体だ。
最も脳機能が進んだ人間もまた、最も複雑なことを考えながら暮らしている。
考えて行動しなければ目的が果たせないからであり、日々判断の結果に一喜一憂している。
人生山あり谷あり、楽あり苦ありと言うが、山も谷もなく苦もない方が、退屈だが楽しくて平和で良い。
遠回りせずに省エネで目的が果たせれば、他のことに時間が使える。
1日苦労するなら1時間で片付け、結果において何ら変わりなければそのほうがよい。それが文明科学だな。
事を必要以上にややこしくすればそれだけ心労を伴う。
山や谷や苦はどのような理由で生じるのか。
「失敗から学ぶ」・・同じ過ちを繰り返さないよう動物も人も猿も反省して肝に銘じるのだが、人間は同じ過ちを繰り返すことが多過ぎる。
その反省の仕方に問題があるからであり、「以後気を付ける」が代表的だがこれでは解決にならない。
動物と違って言語が発達した人間は言葉で片付けることが多くなった。
学びもまた言葉を覚えることが中心になり、便利なその言葉が持つ「仕組み」に目が向かない。
その仕組みが野人の言う日常の「物理」であり、物事の理だ。
考えて成るはずが成らないのは理を間違えたからであり、理が何かわからなければ間違えたことにも気づかない。
数ある生命に関する世界の常識や説はほぼこれに該当、道理も見られない。つまり物理になっていない。
最も深刻で、人が最も考え努力するのが健康だが、健康になろうとしても容易になれない。
この常識を基盤にして思考を進めるから何年やっても結果が出ない。
健康・栄養・食の常識などいくらでもあるが、結果が出なくとも努力は続ける。
世界の常識が間違っているとは誰も思わず、思わなければそこから思考が進むことはない。
結果、病になれば医療機関、民間療法、健康食品など対処に行動は向かう。
それで結果が出なければあきらめる。
苦しみ命までも失うのは「仕方ないこと」ではなく、習ったことが役に立たないと言うことなのだ。
考える前に考えていただきたい。
習い覚えた知識が間違っていないのかを。
いくら前向き思考で考えようが結果は出ない。
思考の基点が間違っていれば、
生命の世界の常識は最初から自分で考え、道理を組み立てたものなのか。
最初は一人の人間が言い出したものであり、丸覚えは余計な回り道をせずに便利だがリスクも大きい。
それらは自分の運命を人に託すことではないのか。
地球上で他の生き物はそんなことは絶対にしない。
判断とは最初から自分で考え下すものなのだ。
習うならそこに理があるのか自ら確かめるべきだろう。
理を見極める力がないなら磨けばよい。
それが人知ある人間の知識、学びではないのか。
そうすれば他力本願にはならない。
考える前に考える、理とは何か。
覚えることと理解はまったく異なる
野人の講習会ではそれを説いている。
講師も生徒も資料やノートなどはいらない。
数十回も伊勢へやって来る読者は、一般的な講習会のように聞いて知識を増やす為に来ているのではない。
さようなことはブログや本で公開している。
理解して理論を自在に使いこなす為に何度もやって来る。
思考順路の決め方、思考起点、思考のトレーニング。
話の入り口も出口も毎回異なり話すことも微妙に違う。
野人講習会は教え方が常識的ではないのだから学び方も変えるしかない。
余計な知識を捨てて素直に聞いていれば・・
個々の道理がどのように繋がっていくのかが重要だ。
答は必ず出せる。 他にないから戸惑うだけだ。
入口出口は自在ものであり無数に繋がったがキュービックのように単純な理論野人理論とは、誰でもわかる
数学の方程式同様に、誰でも自由に使いこなせる道具なのだからそこに個々の思いを入れる必要もない。
使いこなして暮らしに役立てていただければ嬉しい。
考える力とは
https://ameblo.mom/muu8/entry-12288748611.html
原因と対策
https://ameblo.mom/muu8/entry-12433412397.html
思考の起点 現在と本来
https://ameblo.mom/muu8/entry-12352848265.html
野人流学問のススメとお願い
https://ameblo.mom/muu8/entry-12400089544.html
疲れるな コレ・・ 子供のお守り


