地球上のすべての生き物はパワースポットを必要としていない。
色んなものにパワーを求めるのは人間だけであり、それは動物本来の力が低下しているからに他ならない。
そもそもそのようなものは生き物達には必要ないもの。
何故必要ないのか・・
地球そのものがパワースポットだからだ。
だから動植物は赤道から極寒の地、砂漠から高山まで創意工夫して生き抜くことが出来る。
住みにくいなら快適な場所へ移り住めば良く、そこが自然豊かでも天敵だらけなら・・やはり住みにくい。
人類もそうやって地球全土に広がり、各地の環境に順応して生きて来た。
動物達は長い年月を要して、同じ種でもその形をも変えてそこで生き抜いた。
伊勢神宮には全国から人が集まり、パワースポットにもされている。
パワーが落ちた人が充電、満ち足りた顔をして帰るところから、本人が言うことに間違いはないだろうな。
そしてパワーが落ちれば・・またやって来る。
客を神宮の入口まで何度も送迎はしたが・・
35年以上伊勢志摩に住んで3回しかお野人は本殿へ行ったことがない。 長い距離を歩くのは面倒・・
しかし、神宮林や神宮の奥にある集落には何度も足を運び、植物を中心に生態系を調査した。
そこに神社や祠があれば必ず手を合わせ挨拶する。
山水を汲む時も終わった時も必ず手を合わせ・・
「お水 頂戴ね
」「ありがと
」と、ご挨拶する。
動物もそうだが、植物も神宮林が特別ということなどなく、まんべんなく広がっている。
動物にとって神宮、および他の神社の森がパワースポットでないことは確かだ。
動物達が落ちないパワーが、何故人間だけ落ちるのか・・
一度このように考えて見たらどうかな。
とは言え・・落ちちゃったものは仕方ないのだから、野人がとやかく言うことでもないが、伊勢でなくともその辺の森や海で事は足りるはず。
森は陸上動物の故郷であり、森で誕生して森で育った。
だから植生の豊かな森は動物が最も好む。
森や川に安らぎを覚え、海に遠い懐かしさを感じるのは、それが動物の歴史であり、本能だからだ。
そこには生命エネルギーが渦巻き、森は大気を通して、海や川は水を通して伝わってくる。
海はともかく生命溢れる森は人間に作れる。
育つ場所を選べない植物に対して人間はそれがやれる。
植生が豊かになるほどそこに住む生き物は増える。
そうやってむー農園は出来上がった。
自然界ではあり得ない程の生き物達が住み着いている。
それが最高のパワースポットであり、協生農法の基盤になっている。
農業や林業によって破壊された森や林を、再生だけでなくお礼を添えて地球にお返ししないとな・・
ある程度の広さの地面さえあれば誰にでも作れる。
そこにしばらく身を委ねれば、うつも不整脈も不調も簡単に吹き飛ぶことだってある。
生き物は最大のパワースポット地球上で生きているのだから、電磁気の中で生きているのと同じ。
動物が最も必要とする体調制御のエネルギーは生命の電気エネルギーであり、自らその環境を創り上げればよいのだ。
野人には必要もなく、さほど関心もないこのパワースポット。
今日は体調がほぼ回復した母娘が1カ月ぶりに遠くから食事にやって来た。
3時間近く話をしたが、その中の一つ・・
水が減り続けるバケツに、水を注ぎ続けるのは無意味。
穴を塞げば水は止まるが、また穴が空けば漏れ続け・・
穴の再発に心配して生きなければならない。
穴が空いた原因がわかり、間違いに気付けば・・
2度と穴は空かず、水が漏れることもない。
穴が空かないはずのバケツに何故穴が空くのか・・
この理解が最も重要なことだ。
エネルギーを求める人間の願望
http://ameblo.mom/muu8/entry-10255749913.html
人は何を間違えたのか
http://ameblo.mom/muu8/entry-12057213431.html
参考
パワースポットは自分で作れる
http://ameblo.mom/muu8/entry-10449477644.html
http://ameblo.mom/muu8/entry-10449565039.html
http://ameblo.mom/muu8/entry-10450319794.html
http://ameblo.mom/muu8/entry-10450320993.html


