福島から避難して来た読者 | 野人エッセイす

野人エッセイす

森羅万象から見つめた食の本質とは

水曜日はゴーリキマリンビレッジの定休日だが野人には定休日はない。

この日は一日雨模様、野人事務所で書きものをしていたらゴーリキ先輩から電話があった。

「福島から女性が軽バンに家財道具一式積んでお前を訪ねて来とるぞ」

不届きなことした記憶はないが一瞬焦った。

身に覚えもないが20代の無頼時代の子供かもしれん・・・と。

年代を聞くと似たような世代で、畑が見たいらしい。

「パパ・・」と呼ばれなくて良かったな。

雨の中合羽着てむー農園を案内、生ニラやオクラを試食、近くの店で昼食を摂った。

畑を見たいと言うからには読者、福島で思い出したのが「パンバサン」、コメントの交流はないが田舎で1人パン屋さんと畑をやっている。

ブログも最初は息子が代筆していた。

ハンドルネームを言うと驚き、喜んでいた。

彼女は全体の輪郭だけで顔写真を出していなかったからだ。

時間は2時間もなく、慌ただしく京都へ走って行った。

これから福島と京都を一般道を軽で3往復くらいして荷物を運ぶと言う。

被災者対策、京都府のはからいで古民家を借りて農業を始めるらしく、それが協生農法だった。

福島でも1年くらい畑をやったらしいが、放射能で収穫出来ないとあきらめていた。

京都なら近い、これから時々伊勢には来るようだ。