野菜や果物など適度に摂っていれば済むものだが、人は年中溢れるほど摂っている。
にもかかわらず体調がおかしくなるのは食材そのものに問題があるからだ。
そう考えるのがまともなのだが、誰もそのように考えないようだ。
家畜や養殖魚やペットの食べものは人間の食の道理をそのまま用いたもの。
そして明らかに野生の動物との違いが生じているのは失敗だと言うことなのだ。
そこから学べばよいことで、人は失敗から学び続けてきたはずだ。
人間の主食である植物を「作る」と言うことがそもそもおかしいのだが、そこに人間の道理を用いてしまった。
成分養分重視の考え方は、野菜と称して植物を育て、大地さえも異物廃棄物を投入して加工、さらに工場にまで植物を持ち込んだ。
その間違いの穴埋めに農薬が使われているようなもので、人が病気になって薬に頼るのと変わりない。
本質の足元を見失ったプラス思考は行き着くところを知らない。
観賞用ならともかく、食に最も重要な植物は加工食品でも工業製品でもなく、人が育てるものではない。
野山を見れば何もしなくても健全に育っているのは子供でもわかる。
野人の言葉に道理が無いと言い切るなら別だが、耕起されず肥料も入らない野山に種を蒔いてやってみると良い。
野人理論が正しいか間違いか、信じようが信じまいが食ってみれば答えは簡単に出る。
どんな健康食品や薬よりも手ごたえ、いや腹ごたえがあるはずだ。
雑草のような野菜を食べれば便通や代謝など体調の違いはすぐにわかり、これほど安上がりな健康法は他にない。
参考に言うがレタスの種は1000粒以上入って¥180だ・・・薬と比べてみなさい。
10株も育てば・・タマゴ一個よりも安く、しかも畑など必要ない。
公共の野山なら草と野菜を置き換えるくらいは罪もないだろう。
やはり野菜は常識大人よりも本能の研ぎ澄まされた幼児に判別させたほうが良い。
子供の野菜の好き嫌いに視点を向け、あらためてそのことを考えて欲しい。
その視点に家族全員の健康がかかっているのならなおさらだ。
机上の理論ではなく、野人自ら試し確信を持って書いている。
農学者に植物の本質を知り尽くした人はいない。
野菜を植物とするなら植物を知り尽くし大地の仕組みを理解するのは当たり前なのだがいまだにお目にかかったことがない、農学と植物学は何ら関係が無いのだ。
近代農業は植物とは関係のない製造の道を突き進んだようだ。
自然治癒力が発揮される条件