キジタマ・・ ほんの一部
雉男が今年もまたどっさり「キジタマ」を持ってやって来た。
雉男とはヤマハ時代からの友人で、当時は牧場の責任者だった。
キジ、ホロホロチョウ、カモが各数万羽、鹿に猪豚も相当数飼育、鳥羽国際ホテルやつま恋など、ヤマハの各施設に供給していたのだ。
やがて牧場閉鎖と共に退職、創設者の川上源一が持ち込んだ高麗雉と飼育ノウハウを絶やすまいと個人で飼育を継続している。
当初から野人の会社ではこのたまらなく旨い雉を燻製にして販売していた。
川上源一はこの男に深々と頭を下げたことがある。
「誰もが嫌がる屠殺の仕事を一手に引き受けてくれて本当にありがとう」・・と。
野人は川上源一とは海での付き合いが長かったが、「命あるのもの」を食べるとはどのようなものか徹底して叩きこまれた。
彼は釣りあげたどんな小魚でも捨てることなく食べた。
釣り針で傷つけ、人が触れて粘膜を傷つけた魚は逃がしても生きられないことを知っていた。
人は平気で自ら脂膜を洗い落すが、粘膜で守られた海の生き物は粘膜の一部が傷つけば細菌にやられる可能性が非常に高い。
雉男もまた野人同様「川上スピリッツ」を引き継いでいる。
毎年夫婦で「ムー大明神」にキジ肉やキジの卵や野菜を献上してくれる。
解体したものもあれば、丸ごと一羽もあり、その場合は野人が解体する。
キジタマはこの時期にどっさりいただく。
野人がキジの卵かけご飯が大好物なのを知っているからだ。
キジの卵は鶏卵の3分の1くらいだが、さっそく「たまごかけご飯」でいただいた。
その夜は4個・・翌朝は2個・・夜は3個・・次の日は・・
こうして「玉子かけご飯物語」はキジタマがなくなるまで続いた。
次の日も
・・
次の日も また・・写真省略






