いい汗などかきたくない 汗は血液 | 野人エッセイす

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森羅万象から見つめた食の本質とは

野人は昔からカラスの行水でサウナにも入らない。夏の数ヶ月は水浴びしかしない。子供の頃から汗をかくのが嫌いでそれは今もまったく変わらない。だから「いい汗かこう」などと言う言葉はまったく理解出来ないのだ。中学の時に担任に殴られて無理やり徴集された水泳部はいやでたまらなかった。山や海で狩りをするならともかく、生命反応の無いプールを行ったり来たりするのは辛かった。ひたすら走ったり、山を登ったり降りたりするのは空しさを通り越した。空手は秘境で猛獣から身を守る為、あわよくば仕止めて食う為に始めたからまあ仕方ないだろう。

目的を持って筋力や持久力を付ける為の運動はともかく、健康の為に汗を流すというのはやはり違和感がある。その為の運動はジョギングをはじめ一切やったことが無い。筋力、技を維持するトレーニングは滅多にやらないが、やっても汗が滲み始めたら中止する。

徹底して汗を嫌った理由がわかったのは随分後のことだった。人は汗をかくのが当たり前だが他の動物はそうでもない。それだけ人間の機能は優れている。

汗をかくのは体温調節が目的だが、言い換えるなら「生存」の為だ。人体は汗を出して気化熱を奪うことで体温を下げる。渡り鳥は適地に移動、冬眠する動物、昆虫、植物も活動する温度域が限られているが、人が熱帯から寒帯まで活動出来るのは体温調節機能と衣服と暖房を用いる「知恵」があるからだ。

人が汗をかくのに無理はないのだろうか。その機能が当たり前の常識となり、人は余暇にまで汗をかきたがるようになった。新陳代謝もその理由の一つだ。滅多に汗をかかない事情を持つ人がたまにやるのは仕方ないが、そうでもなく、体の老廃物が出るから快適だとか色んな目的を持っているようだ。気持ち良いからというのはまあ自由だが、間違った健康の常識がそうさせているような気もする。適度に体を鍛えるのが目的なら出来るだけ汗は流さないほうが良い。

気化熱とは、水分が蒸発する時に熱を奪うこと、つまり汗腺から水分だけを出せば良いのだがそんなわけにも行かない。体温も重要だが体液の濃度も重要なのだ。水分だけ出せば別の生命危機が待っている。だから仕方なく体は蓄えた必要な成分も一緒に体外に出す。

汗は血液そのものであり老廃物などではない。出したくないが仕方なく出しているのだ。そんな無駄な代謝に体に必要な酵素を割き続ければ寿命が縮まってしまう。

野人の場合は最初から本能が嫌がっていたから一貫して汗を流すのを嫌ったのだろう。汗は生きる為に最低限必要なことにだけ使ってきたようだ。仕事に汗は必要で、スポーツも、生きる為の生業にするなら汗を流したのだろうがそうではなかった。

水泳と空手、2種目の競技で成り行きから全国大会に出たが、頂上志向もなく、運動が嫌いなことには変わりないしスポーツマンシップなどとも無縁だ。

いづれにせよ汗を流すのが目的だけの行為は生命の理には適っていない。痩せるのが目的のサウナスーツも珍妙で、飲食を控えたほうがはるかに早い。運動して汗を流せば脂肪が燃えるというのは間違いではないが、脂肪の本質から見れば見当違いの常識だろう。

いくら激しく動いても体温が安定している海の中は野人にとってはいつも天国だった。