昨夜、テレビの特集でジュセリーノが出演していた。野人はまったく聞いた事もない名前だったがなかなか面白かった。予言者と言えばノストラダムスが有名だが。ジュセリーノはブラジルで講師をしているらしい。子供の頃に金の光が空から降りて来て、それを掴んだ日から現実に起こる夢を見るようになったと言う。それ以来数万件を予知して90%が的中したと言う。科学はこれをどう見るのだろうか。10%外れるからまぐれと言うか、50%だったら信用出来ないとでも言うか、外れる確率よりも、たとえ半分でも何故当たるかのほうが重要だ。予知の内容がリアル過ぎるほどその理由を研究するのが学者の使命だと思うのだが。先人が基礎を確立した分野をさらに追及してノーベル賞をいただくのも良いのだが、一般人が聞いても何のことやらわからないことのほうが多い。世界中の人が注目して、その実績から国家まで動かざるを得ない言葉の究明にチャレンジする科学者はいないのだろうか。野人の言う「科学者はミクロばかり追い、マクロが見えない」と言うことはそのような意味だ。農業分野でも医学や他の分野でも同じ事が言える。霊にしろ超能力にしろ存在の有無はともかく、この言葉を知らない人はいないだろう。科学はそれらに腰を据えて取り組むべきだと思うが、皆目手がかりすらないのがその理由だろう。生涯を費やしても認められる内容ではないからかも知れない。意識の世界は人にとって最も大切なもの。物質文明の発展は物質の豊かさと破滅しかもたらさない。人は精神的な豊かさを求めるものだ。科学者がやらないから人は宗教にすがる。だから科学と宗教はまったく無縁の分野になってしまった。科学者は自分に名誉をもたらす可能性の低いものは関心がないようだ。人はすべての出来事に「好奇心」を持つ。好奇心は計算づくのものでもない。世間を敵に回しても使命を果たそうとしたガリレオのような男は出てこないものか。彼らは恵まれなかった。認められたのは死後だ。人々が科学者に期待するのは未知へのチャレンジ精神ではないだろうか。研究テーマは自分一人の世界で決めているような気がする。
「誰もやらない事」と言う理由が多いが、「人々が望む事」で選ぶ人は少ない。
ジュセリーノはインドネシアの津波も日時も規模も断定して政府に連絡した。中国では地震は起こらないという学者の説に関係なくそれも明言した。彼は予言者でもなく、夢で見たことを伝えているだけとは言うがそりゃそうだ。責任を持って言えるはずもない。しかし前もって言うのが予言だから別に予言者でもかまわないだろう。彼は食糧危機が来る事も、水不足による戦争が起こることも具体的な夢で見た。野人には時期まではわからないが当然の事だろう。何故水が不足するのか、何故世界で7人に一人が飢えているのか考えればそれが理解出きる。工業も生活スタイルも原因の一角を占めるが、最も大きな原因は農業なのだ。テーマ「自然界の循環」の最初に「やがて水が使えなくなる」を書いたが、今の農業を続ける限り中国で水が枯渇するのは時間の問題だ。やがてアメリカも同じ道をたどるだろう。石油と同じように必ず枯渇する。野人は予言者ではないが、今の農業のやり方が間違っている事ぐらいは簡単にわかる。
ジュセリーノの予言のメカニズムについてはそのうちに「気の科学」で説明する。科学者に説明出来ないなら野人がするしかないだろう(笑)。受け止め方は自由だ。