東シナ海流52 亡霊の海で海亀に乗る | 野人エッセイす

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森羅万象から見つめた食の本質とは

硫黄島の海岸には2カ所温泉が湧いていた。

ひとつはいつもの釣り場の横の低い岩場にある東温泉で、岩の窪みの広い露天だが、簡易更衣室があり熱い湯を薄める水を引き込んでいる。

もう一つは島の裏側で、何とか車でも行けるのだが悪路だった。数十分かかり、車を止めてから海岸までは下り坂の竹薮の小道を10分ほど歩く。竹は南西諸島独特の「琉球竹」で真竹よりはやや細い。

ヤマハはこのタケノコを加工して島の産業にしていた。


昼間案内してもらったが、集落から遠く離れた不便な場所で、海岸のゴロタ石を掘って浴場を作る、つまり温泉は波打ち際に湧いていた。

熱ければ海水を入れて調整する。硫黄島は岩に囲まれ道も少なく船でしか行けない場所が多いが、唯一車で行ける「浜」だった。


ある晩、ヒマだったので潜って伊勢海老を獲ろうと、一人でジープに乗って坂本温泉へ出かけた。

集落から一歩出ると灯り一つなく、道も岩がボコボコして走りにくい。

到着してヘッドライトを消すと闇夜のせいもありまったく見えないのだ。

潜水用の水中ライトを照らして竹薮の小道を下った。

裸で海に潜ると伊勢海老がウジャウジャいた。

浅い岩場で上に出ているから片端から手掴みで網に入れていった。


沖へと伸びるリーフの亀裂があり、幅は1m強で結構深く、壁面には大型の伊勢海老が張り付いている。

狭い亀裂の中に潜り海老を網に放り込んでいたら急に足が底に着いた。

そんな浅いはずはないとライトを下に向けると、股の間から異様なモノが突き出ていた。


「こんなに・・デカくはない」と思いながらよく見ると、それは巨大な海亀の頭部だった。

「アゲ!・・汗と周囲を照らすと状況が読めた。

海亀が両手両足で壁面を突っ張り、お眠りになっていたのだ。

海底までは数mはある。百キロ近い巨大な海亀で頭部にはフジツボまで付いていた。

海亀の背中に立ったのは初めてだ。

亀は寝ぼけた顔して動かない。

眠りを妨げないように退散した。

この海域での夜間潜水は時々周囲を照らしサメを警戒するが、まさか股下から亀ビックリマークが顔を出すとは予想もしていなかった。

これではまるで親亀の背に小亀だ。


数十匹の伊勢海老を担いで闇夜の坂道を登るのはキツかった。

20キロはあり、背中がチクチクするのだ。

途中で真っ暗な竹薮の中に異様な気ドクロを感じ、たまに背中がゾクっとしたが、こちらは汗だくでそんなものには構っていられない。

電池が切れたら道すら見えない完全な闇夜なのだ。

上には進めてもジープにはたどり着けそうにない。


無事に車に到着、意気揚々と帰途についた。

寮に皆を集めて男女数人の宴会になった。

刺身やボイルが食べ放題だ。

何処で獲ったか聞かれ「坂本温泉・・」と答えると全員が沈黙した。

そして化け物でも見るような顔で見つめるのだ。

お姉さんが「何ともなかった?」と妙なことを言う。

聞けば、戦時中に輸送船が米国の潜水艦に撃沈され、あの浜は打ちあがった数百人の遺体で埋まったらしい。

昼間はたまに温泉に行くが、夜は亡霊がさ迷うので島の人は絶対に近づかないと言うのだ。

「何も出なかったはてなマーク」と真剣に聞く。


「そう言やあ 気配はうじゃうじゃ」・・・。

「怖くなかったの~!」と言うから、

「海老が重くて背中が痛くて、いちいちそんなモンにかまっていられるかビックリマークバカモン・・」と言うとしばらくイワシの死んだような目で見られた。

そちらのほうがよほど不気味だ。


「食いたければまた獲ってくるわい音譜」と言うと今度は全員後ろにずっこけた。騒々しい奴らだ。

その話は翌日瞬く間に村中に広まった。

やはり諏訪瀬島と同じように話題が乏しい島なのだ。