千葉より友来る | 野人エッセイす

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森羅万象から見つめた食の本質とは

今日は昨年も来られた家族連れを再びキス釣りに案内した。大漁でさばいて天ぷらにしたが、午後からは久しぶりに大学の同級生が千葉の成田から社員を連れて来た。一級建築士事務所を経営している。野人は船舶設計技師からダイバー、船乗りになったが、彼も海洋資源学科から測量技師、一級建築士になった変わり者だ。同じ大分県で、津久見市の隣の臼杵市出身で高校は別だった。大学入学時、彼は自転車、野人はスーパーカブで九州から湘南のアパートまで数日かけて行った。アパートは彼が探して決めていた。海洋学部は二年から海洋実験施設のある清水市に移動するが、卒業までのアパートも彼が探した。つまり卒業まで同じアパートだったのだ。清水では部屋が空かず1年間は同居生活だった。夏休みも帰省すると互いの実家を行き来していた。親友なのだ。

一緒に船を漕ぎ出し、サザエやアワビ、イシダイも獲った。彼は面倒見が良く、男気も人望もあり子分も多かった。臼杵高校の番長だったのだ。大学時代も昔の子分が大勢東京から彼を訪ねて来ていた(笑)。野人も似たようなもので腕に覚えありだったが、喧嘩どころか口論したことも一度もなかったからどちらが強いかは不明だ。

釣ってさばいて8時まで野人も一緒に宴会をしていて先ほど帰ったところだ。写真を撮るのを忘れたが、あいつは毎年訪ねてきてお金を使ってくれる(笑)。野人もたまに仕事のついでに成田の会社を訪ねるが、食道楽の野人のエサの為にお金を使い、さらに東京駅まで車で送ってくれる。あいつは本当にいい奴だ~! 顔は沢田研二に似ているのだが、ゲゲゲの鬼太郎のネズミ男にも似ている・・

その昔、あいつは東京のプリンスホテルでミス何とかと結婚式を挙げたのだが、野人は東シナ海を航行中で出席はあきらめていた。ひょんなことで時間が出来て、急遽行く事にした。船を薩摩硫黄島に接岸、そこでセスナをチャーターして鹿児島空港へ、そこから羽田へ飛び披露宴に間に合った。礼服などはないから普段着のままだ。靴はデッキシューズだった。祝儀袋もなくて、ポケットにねじ込んだ一万円札を二十枚くらいそのまま受付に渡した。たぶんその時の全財産だったと思う。彼は新婚で色々物入りだろうが、当時の海暮らしの野人は、衣類も含む生活費は会社持ちで、給料すべて三日間で、鹿児島繁華街で使い切っていたから必要なかったのだ。祝儀はその人の気持ち、見栄を張ったつもりもない。多いか少ないかはわからないが、それがあいつにしてやれることだった。友人を代表して祝辞を述べた。司会者から、最も遠方の東シナ海からセスナをチャーターして駆けつけたと紹介され拍手の喝采を受けたが、そんなに燃料が持つはずがない(笑)

あれから月日は流れて、住んでいる距離は相変わらず遠いが、心は学生時代のままだ。