東シナ海流46 遺体を抱いて浮上する | 野人エッセイす

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森羅万象から見つめた食の本質とは

捜索隊の船が、待機していた発見現場に集まってきたので吉松さんと二人で再度潜水した。飯伏さんは水深28mの海底の窪みに下向きの状態で沈んでいた。遺体は生前の面影は全くなく、腐乱して膨張、死蝋化していた。色んな貝や蟹が遺体の下に群がっていたが遺体にそれほどの損傷はなかった。ただ、額に大きな傷があった。船が転覆した時に激しい衝撃を受けて意識を失い、それで海に沈んだのだろう。飯伏さんは泳ぎは達者だったのだ。投げ出されたくらいでは溺れるはずがない。吉松さんは遺体を引き揚げるロープを持参していたが彼に縄をかけるのは忍びなかった。飯伏さんを抱き起こし、そのまま浮上に入った。身体は膝も腕も曲がったまま硬直していた。既に・・目はなかったが、彼に語りかけた。「よしよし、ご苦労さん」と一言。野人も人間だから悲しみはあるが泣く事はしない。今は彼を優しく諭し、魂を天に送り届けたい。そうでないと自らの死を理解出来ず、魂が永遠に海をさ迷う事になる。彼は大切な友人だ。生きていれば文句の一つも言いたかったが今は仏。仏の道を行くべき「引導」を渡すのが彼にしてやれることだ。そうしてゆっくりと船の横に浮上した。ここは亜熱帯の海で黒潮本流、海水温は高く三日間も海の中にいれば腐敗も進む。飯伏さんの家族は島に到着して陸で待機していた。ご両親や奥さんに引き揚げるところは見せられない。代表して叔父さんが乗船して捜索を見守っていた。遺体が空気に触れた瞬間、腐敗臭が一面に広がった。叔父さんともう一人がすぐにもどした。叔父さんは彼の名前を何度も呼んで号泣した。後の検死結果は野人の予想と同じだった。

その夜から二日間、新婦は泣き続けた。心の底から搾り出す叫びだった。声などはかけられなくて、最後まで彼女と言葉を交わすことはなかったが、今でもその泣き声は頭から離れない。彼を心から深く愛していたのだろう。それほど優しい男だったのだ。

この仕事を選んだ以上、常に危険と隣り合わせ、ましてここは日本列島最大の秘境の海。彼は慣れない海で殉職したが、こちらは毎日海が相手だ。自然の猛威にはまるで歯が立たず、いつも必ずサメに勝てるとも限らない。勝負は時の運だ。相手が6mのホオジロザメだったら・・・おそらく今こうしてはいなかっただろう。その可能性も高い。それでも一人で潜り続ける事は自分自身で決めたのだ。じいさんの命令だからではなく、じいさんの為だ。決めた以上死と隣り合わせは覚悟の上、一歩も引く事はない。台風で施設が壊滅状態になり、皆が打ちひしがれていた時、じいさんは一歩も引かず復興命令を出した。そして自分達を本当に大切にしてくれる。じいさんには命を賭けるだけの魅力があったようだ。この海は辛い事ばかりでもないが、この時から女性は遠ざけるようになった。