随分前から守護霊と言う言葉はよく使われ、テレビではその道の著名人も使っている。しかし守護霊などというものは存在しない。自分がそう思えばそれが守護霊になるだけだ。守護霊は誰かかが守ってくれているという人の願望から生まれた。それをもっともらしく語る霊能者の言葉は真に受けないほうが良い。「霊体は人に関われない」。それがこの世の基本的な仕組みなのだ。霊は色んなものになりすます、守護霊がこう言っているなどとバカげたことは聞く必要もない。それが祖先の意識体としても、彼らの思いや言いたい事を今さら聞いてもしかたない。有難がって涙を流すのは霊能者の意のままになると言うことなのだ。意識体は厚かましくも人の中にも間借りもするが、後ろにもついてくることが多い。そんなものは気にすることもないのだが、それを感じる人はいる。時には魔物も動物霊も祖先もアカの他人も引き連れている人もいるが、意識体の力関係はそう変わらないから守護もへったくれもないのだ。たまたま様子を見に来た祖先の意識が、子孫を何とかしてあげたいと思っても簡単に手が出せるはずもない。感じ取る事が出来たとしても相手が何者かも嘘か本当かもわからない。人はそんなものをアテにはせず、自分自身の思いと判断で人間として生きてゆかなければならない。たまにはまともな意識体もいるが、人につきまとうのは大半が妬み嫉みを持つ魑魅魍魎の類だと思ったほうが良い。天に昇り成仏した祖先や親族の魂は忙しくてそれどころではないのだ(笑)。人間界では絆が深くてもそれは神が決めたこと。人としての生を終えたらまた一つの意識体として魂を磨いてゆく。同じ血を分け、同じ環境で同じように生きてきたとしても、魂が背負うものはみな異なる。だから兄弟でも最後は同じような道は歩かない。考え方も違うし幸も不幸も明暗を分ける。運命は自ら切り開く事が出来るが、宿命は生まれながらにして背負ったものだ。この世で課せられたものか、以前の清算か新たな宿命なのかは神様しかわかるはずもない。現世だけで比較すればあまりにも不平等に思う事が多いがそんなことはない。魂は平等だ。長い時を経て必ず釣り合うようになっている。それが万物の仕組みで全宇宙の復元力とも言えるものだ。
守護霊は自らの心の世界で敬えば良い。自分を世に送り出してくれた祖先、親族を敬い、心の支えとするのは良いこと。いつも傍にいてくれると感じるだけで心強い。母も良く口にしていた、「きっとお祖父ちゃんお祖母ちゃんが守ってくれるから」と。そう信じ込めば無敵になれるものだ。子供の頃の野人もそうして魔物に向かっていった(笑)。人は自らの判断で生きてゆかなければならないことは自覚していても一人では心細い。それが人間と言うものだろう。