気の科学10 磁場とヒーリングの関係 | 野人エッセイす

野人エッセイす

森羅万象から見つめた食の本質とは

地球は電磁石の塊だ。

あまり難しい講釈をたれても仕方ないが、磁場、電場、磁界、まあ似たようなものと思えば良い。

波動やパワースポットと言う言葉もよく使われ、熱中する人も多いようだが、野人はまったくそんなものには無頓着だ。

地球の人間以外の全ての生き物が磁力を感じ、行動する。渡り鳥も魚も方向感覚が優れているのはその機能を持っているからだ。

磁場の歪みで地震を察知、逃避する動物もいれば、潮の動きで魚は食欲を左右される。


潮の干満も月と太陽の磁力で生じる。

面白いのは北半球のイワシなどの群れる回遊魚は、水槽に入れられると右回りに、南半球の魚は左回りだ。

うなぎも方向を間違えず、エサも食わずにひたすらマリアナ海溝を目指す。

人は目を使い、頭を使い、地図を使うから狭い町でもすぐに迷う。そして人を頼り聞くことになる。まあそれくらい「退化」していると言う事だ。

代わりに頭だけ進歩して生き物の本能が失われつつあるようだ。
人は、食欲、性欲などの生きる為の本能以外の欲を持っている。他の生き物にはないものだ。

「物欲」「健康欲」がそれに当たる。


動物は食べもの以外欲せず、ペットのように散歩や運動も関係ない。また、健康で長生きしたいとも思ってはいない。

不健康などと言う定義もなく、事故や災難はあっても「自己が原因」の病気は存在しない。

病気が存在するのは人に関わったペットや家畜、果樹や野菜だけなのだ。

つまり病気とは人が自ら招いたものだ

怪我はどんな生き物でも仕方がない。


心の病、体の病、人類の大半が病んでいる。

病めばどうなるか理解出来るだけに健康を求める。

健康とは正常に長生きする事だ。

その為に医者や薬や「癒しの場」をあえて求める。

サプリメントなどの健康食品は一大産業になっている。

心に救いを求める宗教、占い、カウンセリング、フィットネスクラブなども含めるとこれはもう立派な「文化」だ。


人の感性はどんな生き物よりも優れ、悩み苦しむ。道理を間違えることもあれば不可抗力もある。失恋や親族や愛する人を亡くした時だ。

体は丈夫でも心の病になってしまう。

物理学では割り切れないこともあるのだ。

地球に凸凹があるように気の流れにも場所によってそれはある。

野人の答えは、物理的には「気にするな」だ。

植物も動物もそんなことはまったく気にしない。

植物は発芽する場所を選べず、動物はどんな場所でも同じように生きて行く。

「気」を感知出来る彼等がそうしているのだ。見習えば良い。


どのような所でも信じ込んで行けば爽快な気持ちにはなれる。それが「気が済む」と言うことだ。

ただ、その為に散財はともかく狂信的になり借金まですることはない。

身近な場所でも自分の気が休まり、癒される場所なら何処でも良いのだ。

海でも山でも田んぼでもトイレでも公園でも。

最後は、他力ではなく自力で解決するしかない、それが命あるものの宿命だ。


病気とは字の如く、気の流れの乱れが肉体にまで及ぶことだ。

地球の生き物は全てその流れを自分でコントロール出来る。だから病気にならない。

命あるものの「気」は一定に保たれている。

欲張って補充しても同じ事、充電よりも余計な「放電」を制御する為に努力したほうが良い。


うまくいかないのは「余計」なものが原因だ。

病気も農業も同じこと。正常ではないという事になる。

生き物はどんな場所でも自動的に充電している。

気は何処にでも満ち溢れている。

電気と同じものだから。

神社、神宮、パワースポットなどわざわざ行かなくとも、何の問題もないし体が良くなるわけでもない。