東シナ海流6 野生山羊の反撃 | 野人エッセイす

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森羅万象から見つめた食の本質とは

諏訪瀬島赴任から1週間、釣り専門の先輩の坂内さんに船や島のことを教わっていた。

着任早々、全員が島の天水に当たり動けなくて這って電話に出たとか、海が時化て船も飛行機も来ず食糧難になったとか、医者もなく食べ物もままならない、本土では考えられないようなことばかり聞かされた。


「ケガだけはするなよ。普通は助かるケガもここでは助からない」。

それと、「こんな厳しい海は他にない。海に出たら己だけが頼りだ、ちょっとした知識、技術でも無知は死を招く」。

坂内さんは海に出たらボルト1本の知識の有無が生死を分けると盛んに強調した。

こちらも心して海に潜らなければならない。

潮流に流されて「しまった」と思っても誰も助けには来ない。


島内には山羊が繁殖している。

大昔に家畜として持ち込んだ山羊が逃げ出して独自に繁殖、今では千匹以上いるらしいが誰も数は知らない。

断崖絶壁の斜面でも海からよく見かける。

あの辺りは誰とかの山羊・・とか大雑把に決められているらしい。

どうせ肉を分け合って食べるのだから境界で争いになることはない。餌もやらないし・・


そんな話をしながらジープで切石港からの帰り、道を山羊の群れが横切った。

その瞬間坂内さんが「捕まえろ!」と叫んだ。

体が即反応、山羊を追いかけ追い詰めた瞬間「跳び蹴り」が出てしまった。

山羊はスルリと竹藪の下に身を沈め、勢い余ってそのまま数mの崖下に落ちてしまった。

幸いケガはしなかったが山羊は馬鹿ではないと痛感した。


それから数日後、所長に連れられて部落を挨拶回りした。

皆、口を揃えて「あー、あんたが山羊に跳び蹴りして谷底に落ちた人ね~惜しかったね~!山羊は美味しいよ~」と言う。

噂が広がるのは早く、これといった娯楽のない島に少しは貢献した。次回は仕留める。


その機会は早々に来た。

数日後また山羊の群れに遭い全速で追いかけた。

デカくて美味そうな1頭に狙いを絞りどこまでも追いかけ、やっと岩の壁があるどん詰りに追い詰めた。

タックルしようとした途端、山羊がくるりと向きを変え角で反撃してきた。

まさか山羊が逆襲するとは夢にも思わず、ハッシと両角を掴んだ。


真剣白羽取りだ! 危なかった、もう少しで腹を刺されるところだった。

窮鼠猫を噛むと言うがそんな可愛いものじゃない。

目を剥き、鼻息も荒く、角を突き立てようとする。何とも動きがとれず困った。

しょうがないから渾身の力を込めて首をひねると、踏ん張ってこらえていた山羊もやがてドスンと横倒しになってしまった。

大声で坂内さんに位置を知らせ、ロープを持ってくるよう頼んだ。

2人で山羊の足を縛り上げ、担いでジープに乗せ、「今夜はヤギ鍋だ!」と意気揚々と部落まで運んだ。


部落ではしばらく食事の賄いを頼んでる山木さんが、「こりゃメスだからダメよー」と言う。

メスは子孫を増やす、つまり自分達の食糧を生み出してくれるのだ。

だから絶対にメスは食べず、食べるのはオスに限られている。

猪はメスのほうが美味く、山羊もそうだろうが、ここでは美味しさではなく、どうすれば生きてゆけるかのほうが優先されていた。

山羊は無罪釈放され飛び跳ねて竹藪に逃げていった。

もっとも山羊に罪はなく、人間のほうが罪深い。


しばらくして山木さんが山羊を御馳走してくれた。

部落の男総出で鍋釜をたたき、仕掛けた網に追い詰め、オスを数頭捕まえたらしい。

初めて食べた野生の山羊はこのうえなく美味しく、鍋、焼肉、天ぷらなど食べ続けた。

さすがに3日目の朝食に出された山羊のフライとみそ汁にはまいった。