花の中学一年生、バラ色の人生がスタートした。
体力も充実、小学校の時にやり残した海の狩猟に燃えていた。
担任は二谷英明みたいにシブイがガラの悪そうな体育教師で、国士舘大学の剣道部を出たらしい。
後日、自宅で先生のお母さんから聞いたのだが、中学の頃、上級生数人にやられてその仕返しに待ち伏せ、ボコボコにして全員の自転車を海に投げ捨てたこともあり、何度も学校に呼び出されるくらい「凶暴」だったらしい。
何でそんな野獣が先生に・・・その野獣が水泳部を作った。
得意の剣道は既に部長がいて要するにヒマだったのだ。
市内では一学年6クラスある一番大きな中学だったが、他の中学にはあったプールがなかった。
「きっと雲の上を泳ぐのじゃ~!」と笑いのタネだったが、ある日野獣に呼ばれて「辞令」を渡された。
「お前、今日から水泳部」・・
「いやです!」と言うと、いきなりげんこつで殴られた。
「いやか?」と言うから「はい!」と言うとまたボカ!と殴られた。
痛くてうずくまっていると耳元で、「まだいやか?」と言うから、つい「入ります!」と言ってしまったがこれが生涯の不覚だった。
「男に二言はない」が人生のモットーだからやるしかない。
「しかし、先生・・プールもないのにどうやって?」と言うと、「バカ!根性さえありゃ何とかなる」とせせら笑う。
それから地獄の日々が始まりバラ色の人生が一気に灰色の人生になってしまった。
同じように殴られて集まった者はほとんどが漁師の息子や海の近くで泳ぎが達者な野郎どもで船も漕げるから筋骨隆々としてたくましい。
腕力も運動神経もあり、体育館の天井からぶらさがったクライミングロープは足を使わず腕だけで上り下り出来るものばかりで、跳び箱も鉄棒も床運動も体操部並みだ。
体育館の練習の他、来る日も来る日も学校の裏山の上り下りだった。
それをうさぎ跳びでやらせるのだから死んでしまう。
「何でこれが水泳部じゃ?過酷な山岳部じゃ~!」と皆文句ばかり言っていた。
5月になると高校のプールへ遠征した。
地下水の水温18度のプールは冷たく、高校生は6月からしか使わない。
泳いでいるとすぐに唇が紫色になるので、ドラム缶で火を炊き体を温めてはまた泳ぐ。
火から離れるのが嫌で嫌でたまらなかった。
6月から高校の水泳部が使うが、1コースだけ借りて練習、高校生の練習が終わって薄暗くなる頃に全コースが使えた。
先生からは技術指導が一切ない・・・
言うことは「根性」「ドっと行け!」「バッと水を漕げ!」、つまり、根性ドバ!・・だけだった。
その時は知らなかったが、後日、先生の自宅でお母さんから聞いた話で、先生は「カナヅチ」だと言う事が発覚した。
皆、目がテンになってしまったが、当の本人は「フン!たいした問題ではない!」と鼻でせせら笑っていた。
どうりで・・皆好き勝手に泳いでいたはずだ。
一度も泳法を教わらないまま6月の新人戦、「お前、千五百の自由形・・」と言うから、「先生、まだ平泳ぎしかやっとらんけど・・」と言うと、「似た様なモンじゃい、根性で行け!」の一言で終わった。
別府や大分の温泉プールで泳ぎまくっている連中にはとても適わない。
生まれて初めての千五百をゼーゼー言いながら死ぬ思いで完泳したが惨敗した。
それ以来「プールの壁」が大嫌いになってしまった。あんなに何度も行ったり来たり、うんざりしてしまった。
こうして津久見第一中学の水泳部は市内でもドンケツでスタートした。1年生ばかりで上級生は男女5人しかいない。