ヤマハへ行くと、旅館まで手配され本社での筆記試験が待っていた。一泊二食会社持ちで、入社試験にしては待遇が良過ぎる。
夜中に翌日の面接説明があったらしいが、一人抜け出して浜松の夜の街を謳歌していたので詳細はまるで知らない。全国から水産、商船など海関係の大学生が数十人集まっていた。
秘書室に案内され社長室で面接が始まった。
社長室での面接などヤマハ始まって以来のことらしい。
総務の担当者も「前代未聞」のことで緊張していた。
ドアを開けると正面に恰幅の良い殿方が3人、窓際の片隅に顧問のおじいさんらしきものがカーディガン姿で座っていた。どうも真中が社長らしい。
色々聞かれたが、どうでも良いことなので適当に答えた。
すると「君、この会社に本当に入る気があるのかね?」と言われてしまった。
大魔神の怒りの顔
が脳裏をよぎり真面目に答える事にした。
顧問のおじいさんが・・
「君、なかなかの経歴だが、10人くらいぶっとばせるのか?」と横やりを入れてきた。おかしなジジイだ。
「楽勝です、相手が弱ければ。強けりゃ一人でも負けます」と答えたら、「もっともだ、もっともだ!」
と喜んでいる。
手招きするので側へ行くと魚のアルバムを見せてくれた。
自分が釣った魚らしく
「この魚知っているか?こんなデカいのが東シナ海にはウジャウジャいるんだ」と次々に聞いてくる。
魚の名前を答える度に喜ぶので、こちらも退屈しない面白い面接になってしまった。
ジイさんは本当に楽しそうに目を輝かせていたが、本当にヒマなジジイだ。
再び社長が「君、趣味の欄にギターと書いているが、今ここで弾いてくれるか?」とまた変なことを言ってきた。
「ぶっとばせるか」「魚の名前は」「ギターを弾け」、どうもこの会社は変人が多いらしい。
やがてドアが開き、総務の男が3本のギターを抱えて入ってきた。
足台までセットしてあまりにも段取りが良すぎる。
「クラシック、フォーク、フラメンコ、どれにしますか?」と丁寧に聞いてくる。
まるでレストランで注文する気分だ。どれも30万円以上するらしい。
クラシックギターを選び、しばらくクラシックの名曲を弾いていると、再び窓際のジイさんが「もっと賑やかなのをやってくれ」と言う。
「歌が入れば賑やかになるけど・・」と答えたら
「おお、それはいい、かまわんからやれ」と言う。
気分よく自作の歌を一曲歌ってしまった、大声で・・
面接が終わり、ジイさんが
「決まりだ、決まり、この男にしろ![]()
うん
うん」
・・と、勝手なことを言っているのを尻目に早々退散した。
部屋の外では待機中の奴らと、秘書室のお姉さん達がクスクス笑っていた。
あの歌は外まで聞こえたらしい。
お姉さんが「社長室で歌った人なんて初めて・・」と笑っていたが、歌えと言うからしょうがない、ジジイが・・・![]()
1週間が過ぎて面接などさっぱり忘れ去った頃、ヤマハから合格通知が届いた。
面倒臭いがとにかく学校に持って行こう、これで大魔神のメンツも立つだろう。
大魔神に見せると
「お前よりはるかにアタマのいいエリートを何人か送り込んだが皆落ちた。
いやあ~さすがお前だ、俺の目に狂いはなかった」と・・諸手を挙げて喜んでいる。
何だか妙な気分だな・・・。
学科は平均70人くらいで、海洋工学、海洋土木、海洋資源、海洋科学、水産、航海、船舶工学とあるから同級生の顔を見ても全くわからなかった。
特に体育界に属さない真面目な男は知らないほうが多い。
「約束通り辞退しますから・・」と言うと・・
「何をバカな事言っているのだ、決まったものは行かなきゃしょうがないだろうが」と言う。
思わず目がテンになってしまい
「しかし約束が・・」と答えると
「そんなこと言った覚えはない!自由にしろと言ったのは受からなかった場合の話だ」と一喝されてしまった。
受からなかったら誰でも自由にするに決まっているではないか。
「ペテン師・・」と言いたかったが殴られるからやめた。
「な!行くだけ行って来い、四年もいればそれで学校のメンツは立つ」
大魔神には逆らえない、「本当に四年だけですよ」と念を押してあきらめた。
南米はそれからだ、まだ先は長い、それに、あのジイさんは面白かった。
子供みたいで惹かれるものがある。
しょうがない、しばらく一緒に遊んで見ようと入社することにした。
会社に入る動機が「遊び」と言うのもやや気がひけるが、これも運命だ。
リクルートブックを買い会社を調べると、あのジイさん社長ではないか![]()
堂々とした写真が出ている。
ではあの真中の社長らしいオッサンはいったい誰だ?
名刺を貰った訳ではないのでわからない。
まあそんなことはどうでも良い、じいさんが自分を指名したのだから入るしかない。
他、もう一件、ジムからも誘いがあったが丁重に断った。
人を殴るのは嫌いで、キックボクサーにはなりたくなかったし殴られるのも痛い。
九州の母に電話すると
「大丈夫~?また変な会社に・・お前に会社員など務まるはずがないのに・・」と心配してくれた、と言うよりハナからバカにしていた。
「南米はどうするの?」と言うから、「どうせクビになるだろうからすぐに行く・・」と答えた。