すみやん物語 其の四 | 赤ちゃんの通訳・おかあさんの応援団長 助産師 長沼知子

赤ちゃんの通訳・おかあさんの応援団長 助産師 長沼知子

現役の助産師。
不妊や流産を経験し、その後3人を産み育てています。
現在は、赤ちゃん訪問・母乳育児相談をしています。
話すと、スッキリしましたと言われます。
いつも頑張って育児しているおかあさん達の味方です!

其の一

其の二

其の三

今回は、其の四。

助産師の資格を取ることが出来、ほっとするのもつかの間。

病院に就職して、仕事をすることになっていたので、また新人として、先輩に仕事を教わる日々が始まった。

妊婦さんの点滴管理、心音の確認、体を拭くお手伝い、赤ちゃんのお風呂入れ、赤ちゃんの管理、

お母さんのおっぱいケア、陣痛室にいる妊婦さんの観察、お産に立ち会ったり、記録したり、

まぁ、たっくさん仕事はあるわけで。



だんだん、心に余裕がなくなってきたわけで。



就職した年の7月ぐらいに、食欲が落ち、眠れない日々が続き、なにもやる気が起きない状態に。

うつみたいになってしまった。

心療内科の先生に、診断書を書いてもらい、休職することになった。


休職している間に、結婚した。

結婚しても、朝は起きられないし、夫のことは何にも出来ない。ましてや自分のことすらも。

何してんだろ…。



結局、復職しても、心は拒否反応をおこし、

辞職することに。


だから、病院でお産を取り上げた数なんて、少なすぎる。

私のネック。


でも、助産師をやめようとはあまり思わなかった。

お産好きだし。

うつの闇の中にいた時は、助産師を続けるとかは考えられなかったけど。


そんな状態では、妊娠するわけもなく・・・。


潜在助産師勉強会というものに参加してから、少しずつ変わっていったのかな。

チューリップオレンジ潜在助産師・・・資格を持っていても、働いていない助産師のこと。

日本助産師会に所属してから、イベントのお手伝いなどをしていた。

顔が知られるようになったときに、住んでいるところの保健センターで新生児訪問をやってみないかと声がかかった。

病院勤めもままならなかった私は、だいぶ気がひけたが、やってみることにした。

これが、結構充実した生活をもたらしてくれて、自信がついてきた。


そんな時に、主人の仕事の関係で、横浜に引っ越すことになった。

3カ月間のみの仕事になってしまった。

でも、ここで一緒に行かないと、妊娠の確立がだいぶなくなってしまうと思った私は

主人とともに行くことにした。