すみやん物語  其の一 【再掲】 | 赤ちゃんの通訳・おかあさんの応援団長 助産師 長沼知子

赤ちゃんの通訳・おかあさんの応援団長 助産師 長沼知子

現役の助産師。
不妊や流産を経験し、その後3人を産み育てています。
現在は、赤ちゃん訪問・母乳育児相談をしています。
話すと、スッキリしましたと言われます。
いつも頑張って育児しているおかあさん達の味方です!

だいぶ前に書いたものですが、再アップします。



助産師になる前のことを書いてみます。どうぞお付き合い下さい。




実は私は、高校を卒業後すぐに看護学校に進学したわけではない。

高校の推薦をもらって、同じ系列の短大に入学した。

将来何になりたいかなんて特に思っていなくて、フツーに会社に就職して、フツーに結婚して、フツーに主婦するってナントナク思ってた。

私が就活していた頃は、バブルが弾けたあとだったので、今よりはいいけど、そこそこ大変な時代だった。

なんとか内定を頂いた会社は、ヤ〇〇トの販売会社だった。

人事の方から、「すみやんさんはどこの部署が希望ですか?」と聞かれた。

私は、「事務でも営業でもどこでもやります!!!」と言ったもの、ちょっと不安になった。

結局化粧品課の美容部員になった。


私が!?美容部員汗


お化粧に興味なんて全くといっていいほどなかった私。

大丈夫だろうかはてなマークはてなマーク


入社後、本社の美容部員の研修に行って慣れないスキンケアやメイク、マッサージ、商品知識などなど、詰め込まれたわけである。

そこで人生で初めての眉カットをされて、描かないとならない眉毛になってしまった。


訪問販売の化粧品なので、知らない土地でのサンプル配りやチラシの説明やらなんだかやったことがないことばかりで、研修最終日に高熱だしてダウンしたりして。


研修から戻ってきてから、乳製品を売っているヤ〇〇トレディーに同行する日々が続くのであった。

あと、乳製品を売っている方が新たに化粧品の販売をはじめる前に、研修をするのだが、その研修の講師をもやったりした。

明らかに自分よりお化粧している期間が長いおばさま方に話すのはだいぶ抵抗があったが…。

乳製品を売っているレディーにも同行したが、もちろん化粧品を売っているレディーにも同行した。

私がマッサージしたり、メイクしたり、眉カットしたり、こき使われた代わりにさせてもらった。

レディー達が拠点としているセンターに行って全員の眉カットしたり、練習させてもらった。


あとは、他にも仕事があるのだけど、一番の仕事は話を聞くことだったかもしれない。



今回はここまでにします。

次回はなぜ会社をやめてまで助産師になりたかったかなどを書いてみます。