山本真弓です。

 

 

障害児の母って、なりたくてなったんじゃない。

 

 

急に、降ってきた役割で

急に、やってきた状況で

 

当然、マニュアルもないし前例もない。

 

助けもないし、共感してくれる人も少ない。

 

正解がわからない。

 

どこへ向かってるのかわからないし

出口も見えない。

 

 

 

 

本当に、もやがかかった暗くて長いトンネルの中で

ずっと、一人で戦っている感覚。

 

 

私、なにやってるんだろう…

 

 

私、こんな未来望んでたのかな…

 

 

私の人生、どこいった…??

 

 

 

重症心身障害児の次女がいたとき、

私はずっとそんな風に

迷子になっていました。

 

 

良くなるわけではない、

少しでも衰退しないように維持するだけ…

 

 

回復の見込みもない次女に

ただただ会いに行っていたあの9か月間、

ほんとうに苦しかった。

 

 

 

そんな日々も、今となっては懐かしいけど

渦中にいるときは身動きが取れなかった。

 

 

NICUママだった私が

職場復帰してフルタイム勤務になって

激務すぎる中で

幼い長男長女を育てながら

次女の面会生活を送っていた頃のお話を書きました。

 

 

 

今日から最終章の連載をスタートしています。

↓ ↓ ↓

 

第1話は次女がNICUから転院して

初めて兄姉と対面できるようになった時のことを綴っています。

 

 

 

頑張りすぎママだった私は

頑張りすぎていることにも気づかず

身体に鞭を打って、

頑張り続けるしかありませんでした。

 

 

 

もっと「辛い」って言ってもよかったんだよ。

 

「助けて」って言ってもよかったんだよ。

 

 

そんなに強くならなくてもよかったんだよ。

 

 

 

 

あの頃、全部背負っていた私のように

今もしんどくて身動きができないママのために、

私は過去の苦しさも今の苦しさも

全部ありのままに伝えていこうと思ってます。

 

 

大丈夫だよ。

私もここから始まったから。

 

 

そんな想いでノートを綴っています。