📌初めての方へ
📌ちょっと大事な落とし穴の話
※このブログは、
思想ではなく この身体から書いています。
▶︎わたしがなかった…
昔のわたしは
いろんなセッションを受けていた。
そして、かなりの確率で言っていた言葉がある。
「わたしがないんです…」
今思えば、
ずいぶん奇妙な相談だよね笑
でも、あの頃のわたしには
本当にそう感じられていた。
______
人の反応で自分の価値が決まる。
軽く扱われた気がすると苦しい。
認められると安心する。
嫌われるのが怖い。
仮面を握りしめて、
“ちゃんとしているわたし”を演じ続ける。
結婚もした。
子育てもした。
仕事もした。
資格も取った。
人生はちゃんと進んでいた。
でも。
“わたし”が居なかった。
______
外側に反応して、
外側で存在して、
外側で自分を作っていた。
だから、
どれだけ何かを得ても、
どこかペラペラだった。
_____
そして不思議なことに、
「わたしがないんです」
この感覚を、
本当に理解してくれる人は
ほとんど居なかった。
自己肯定感の話でも、
自信の話でもなかったから。
もっと存在レベルの渇望だったんだと思う。
そんなわたしが、
いま感じていること。
「わたしが在る」
この感覚。
誰かに認められたからじゃない。
特別になれたからでもない。
身体が、
わたしを認めてしまった。
だから、
人の反応で存在が揺れにくい。
仮面を被っても、
もう仮面が“わたし”ではない。
外側に飲まれにくい。
そして今、
静かに思う。
本当の人生って、
“わたしが在る”
ここからしか始まらないんじゃないかって。
何かを足すことでもなく。
何者かになることでもなく。
ただ、
“わたしが在る”
ここに、
ドスンと落ち着いていくこと。
それが、
わたしにとっての革命だった。
____
“わたしが在る”
この、
本来は当たり前のはずの感覚に、
現代人は、
案外なれていないのかもしれない。
“わたしが不在”
そんなこと、
気づきもしないまま。
だって、
それでも人生は進んでいくから。
結婚もできる。
働ける。
子育てもできる。
ちゃんと生きていける。
だけど。
どこか、
ずっと落ち着かない。
どこを見て生きればいいのか。
安心はどこにあるのか。
わからないまま、
また外を探す。
認めてくれる人。
安心させてくれる何か。
満たしてくれる場所。
探して、
探して、
探し続ける。
でも今は思う。
欲しかったのは、
“外側の何か”じゃなかった。
“わたしが在る”
その感覚だったんだって。
身体に、
わたしが居る。
ただそれだけで、
こんなにも安心なんだって。
本当の人生は、
“わたしが在る“
ここからしか始まらない。
そしてきっと、
“わたしが不在“
そのことに
まだ気づいていない人は、
とても多い。
____




